Betrayal-裏切り-
午後5時27分。
島の東に位置する観光協会で一発の銃声が鳴った。
「きゃあっ!!」
衝撃にユキは小さな悲鳴を上げるが、構わず"彼"は倒れ込んだユキを立たせて外へ突き飛ばした。
それと同時に再び銃声が鳴り響く。
しかし裏口のドアが盾となり、銃弾は二人には当たらなかった。
「アンタ死にたいの?さっさと逃げなよ」
リョーマの口調は落ち着いていたが、若干早口になっていた。
彼も焦っているのだろう。
ユキはスカートについた泥を払う余裕もなく、ふらりと立ち上がり前方の森の中へ入った。
しかし頭の中は真っ白で、自分が何をしているのかさえわかっていなかった。
走りながら、頭の中に浮かぶのは、自分に銃口を向けた仁王の姿だった。
なぜ彼が自分に銃を向けたのか。
彼は何をしようとしたのか。
何もわからない。
ただ一つ言えることは、ここで立ち止まったらそこに待つのは死だということだ。
「雅治…雅治、なんで……どうしてなの?なんで……っ」
混乱しながらもリョーマに腕を引かれ、足だけは動いた。
しかしそれでも銃を所持した仁王から逃げ切るのは難しかった。
再び銃声が鳴り響き、二人は近くにある岩の後ろへ滑り込む。
「諦めんしゃい、二人共。逃げたって無駄じゃよ。ここは監獄と一緒じゃ。どこにも逃げ場なんかないぜよ」
聞こえてくる声に、リョーマはどこか呆れたように言った。
「へぇ〜…結構腐ってるんだね。"王者"ってのも」
「何とでも言いんしゃい。それがこのゲームのルールじゃ。強い者が生き、弱い者は死ぬ。弱肉強食ってやつじゃよ」
仁王は言いながら徐々に二人に迫る。
リョーマはちらりと隣に目をやってから、もう一度口を開いた。
「いいの?この人、アンタのとこのマネージャーでしょ」
「別にユキを殺すつもりはないぜよ。…と言いたいところじゃが、跡部が死ねばユキも何をするかわからんからのぅ。危険な芽は早めに摘んでおくべきじゃ」
跡部…という言葉に、茫然としていたユキの意識が戻った。
「お兄ちゃん……雅治…お兄ちゃんも殺すつもりなの?」
震えた声でユキが言うと、仁王は少し黙った後、口を開いた。
「さっき遠くで銃声が鳴ってたからのぅ。もしかしたらもう始まってるのかもしれん」
「始ま…る?」
「…跡部は参謀の嘘を見破ってたぜよ。俺達立海が氷帝を囮にして逃げ出すという本当の計画を」
「!?」
ユキとリョーマは目を見開き、少し離れたところに立つ仁王を振り返った。
「宍戸達は気づいてないようだったが、跡部は冷静な男じゃからのぅ。ごまかされんじゃろ」
「そんな……嘘でしょう?雅治、それも嘘なんでしょう?だって……そんな……そんなこと、蓮二君がするはずないじゃない」
困惑した様子でユキが言うと、仁王は笑みを浮かべたまま言った。
「参謀だけじゃないぜよ。…これはもっと前から立海メンバー全員が計画してたことじゃ」
「!?」
「お前さんが灯台で会った幸村と真田も、最終的な手段としてこの計画を許可したんじゃ」
「そんな……嘘だよ、そんなの!だって……幸村君、言ってたわ。私が熱で倒れる前に。みんな無事にこの島から出られるよね?って聞いた私に。大丈夫、必ずみんなで帰れるよって」
しかし仁王はふっと笑って答えた。
「お前さん、その"みんな"の中に跡部達も入ってると思ったんか?」
「!」
「そうじゃのぅ…幸村のことだから、もしかしたら跡部達のことも考えてお前さんにそう言ったのかもしれん。でももうそんな甘い考えは誰も持ってないぜよ」
「…っ」
「…参謀の嘘が見破られたってことは、おそらく今、跡部達と撃ち合ってるところじゃろ。運がよければ誰か生き残るかもしれんが…まあ、それは俺には関係のない話じゃ」
するとそこでずっと黙っていたリョーマが口を挟んだ。
「アンタは初めから一人で優勝を狙ってたんでしょ?…船で逃げるより、確実で安全だから」
「そういうことじゃ。どの道、逃亡したところで逃げ切れるもんじゃないからのぅ」
「……」
「さて、お喋りはここまでぜよ」
仁王は再び二人に銃口を向けた。
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