The King of Ice
空が赤く染まり始めた頃。
しんと静まり返った島の中、ユキは目の前の光景を信じられずにいた。
たった今、協力して皆の脅威となっていた千石を打ち倒した仁王が、仲間であるはずの忍足に銃口を向けているのだ。
「ま…雅治?何を……何をしてるの?」
「……」
仁王はそれには答えずに銃口を忍足の頭につきつける。
「仁王…てめぇ、血迷ったのか?それとも、ハナからこうするつもりだったのか?」
冷静さを残しつつ跡部が言うと、仁王はちらりと跡部兄妹に目をやり、小さなため息をついた。
「そうじゃよ…。初めからこうする予定だったんじゃ」
「雅治!何言ってるの?なんで?だって、今…」
「ユキ。黙っときんしゃい」
「っ…」
ひどく冷たい目で見られてユキはぎゅっと手を握り締める。
跡部は皮肉な笑みを浮かべてユキの前に出て言った。
「千石を倒す為に俺達を利用したってのか…。ハッ、堕ちたもんだな、立海のテニス部も。…まあ詐欺師にはお似合いだろうがな」
「……」
仁王はしばらく黙っていたが、やがてポケットから一枚のメモを取り出して跡部に投げた。
「さっきそこで拾った千石のメモじゃ」
メモには"特待生ルール"と書いてあり、その下に幾つかの条件が記されていた。
その中に、立海大附属中の全員を殺害すること、という文章があった。
「それが千石に課せられた条件じゃ」
「…どういうことだ?奴は死んだ。今更こんな物を見たって仕方ねぇだろうが」
「そうじゃな。…それじゃお前さんのを見せてもらおうか、忍足」
「!?」
仁王の言葉に忍足だけでなく、跡部たちも目を見開く。
「ま、雅治、どういうこと?」
「坂持が言っとったじゃろ。特待生は二人いると。もう一人の特待生がこいつじゃ」
「!?」
「な、何言うてんねん!自分!」
「今更とぼけても無駄じゃ。もうお前さんしかおらんぜよ」
「どういうことだ、仁王」
仁王は忍足に銃をつきつけたまま跡部に目をやった。
「言葉の通りじゃよ。こいつがもう一人の特待生で、俺らを殺す機会を窺っとんじゃ」
「!」
「雅治…本当なの?」
仁王は頷き、忍足に目をやって言った。
「宍戸達が死んだ今、残っているのはお前さんだけじゃ。跡部が特待生である可能性は低いからのう」
「っ…」
「…忍足が特待生だという証拠はあるのか?」
跡部が尋ねると、仁王は少し考えてから口を開いた。
「俺は6日目の生存者が判明した時点で、氷帝の中に特待生がいると踏んでいたんじゃ」
「!」
「立海の人間はユキと赤也を除いて、全員、灯台で幸村と真田がチェックしたからのう」
「…間違いないのか?」
「ああ。荷物は勿論、簡単な身体検査もしたから隠し通すのは不可能じゃよ」
「……」
「ユキと赤也は分校での様子から特待生の可能性は低いし、二人の性格から言ってもまずありえん」
「…それで?」
「とすれば残るは氷帝か山吹じゃ。山吹の特待生が千石だとしたら、同じ山吹にいる亜久津が特待生である可能性は低い……と、これは参謀が言ってた事じゃ」
「……」
「となると後は氷帝しかおらんじゃろ。その中でまっさきに外れるのは跡部、お前さんじゃ」
跡部は無言のまま仁王の話を聞いている。
「お前さんは分校で死を覚悟の上でユキに電話をしとるし、それにお前さんが特待生ならもっと前に行動を起こしていたはずじゃ」
「…そうだな」
「そうなると残るは、宍戸、鳳、芥川、忍足の四人。この場合、宍戸と鳳は共に行動しとる可能性が高い。しかも俺らが島中を歩き回ってたにも関わらず全く出会わなかったことを考えると、どこかに隠れておったんじゃろ」
「…条件がある特待生ならまずありえない行動…そういうことか?」
仁王は頷き、続けた。
「残るは芥川と忍足じゃ。…俺もギリギリまで悩んどったんじゃがのう。偶然芥川の死体を見つけてわかったんじゃ」
「!」
「芥川は体中に銃弾を受けて切り傷だらけじゃった。…特待生には防具があるっていう話じゃったから、まず違う」
「それで残った忍足が特待生だと?」
「そうじゃ。…そうすれば条件の説明もつくしのう」
「条件?」
「おそらく忍足の条件は、"跡部景吾と跡部ユキの殺害"…」
「!?」
仁王の言葉に、跡部とユキは驚愕の表情を浮かべる。
「ちょお待ち!」
そこで今まで黙っていた忍足が口を挟んだ。
「それこそ俺が特待生じゃないっちゅう確かな証拠やん。跡部を殺すのが条件やったら、もっと早く殺せるはずやろ。俺は跡部とずっと一緒におったんやで?」
しかし仁王はふっと笑みを浮かべるだけで、銃を下ろすことはなかった。
「跡部だけじゃったら、な。問題はユキの方じゃ。ユキは立海最後尾でお前さんがユキと合流するのは難しい」
「……」
「しかもユキの近くにはかなりの確率で赤也がいることになる。…赤也は何があってもお前さんを信用せんじゃろう」
「……」
「けど跡部がおったら赤也も警戒心を解くかもしれん。…そうじゃなくともユキは絶対跡部から離れんじゃろ。そうやって二人そろったところを狙った方が確実」
「そんなんただの想像やろ。特待生っちゅー証拠にはならへん」
「そうじゃ。だから俺は最後まで黙っておったんじゃ。お前さんが特待生だという証拠を得る為に」
「証拠?」
「千石が最後までメモを持っておったということは、あのメモは捨てられん物なんじゃろ」
「!」
「つまり今この場でお前さんのディパックかポケットを調べて、千石と同じメモが出てきたらそれが証拠になる」
「っ…」
「…跡部、どうじゃ。俺の考えに乗るか、それとも忍足を信じるか…」
「……」
跡部は腕組みをしたまま黙っていた。
「お兄ちゃん…っ」
ユキは不安そうな表情で兄を見つめる。
やがて跡部はため息をついて腕組みを解いた。
「フン…いいだろう。忍足、ディパックをよこせ」
「!」
忍足は驚いて跡部を見る。
「本気なん?跡部。ほんまに俺が特待生だと思てるんか?」
「アーン、特待生じゃないなら調べても何も問題ないだろうが」
「……」
「それとも、調べられたらまずい物でも入ってやがんのか?」
「……わかった」
忍足は肩にかけていたディパックを下ろして跡部の方へ放った。
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