氷帝ハロウィン

10月31日。

跡部邸で開かれた盛大なハロウィンパーティーに、いつもの面々が招待され仮装や豪華な食事を楽しんでいた。

この家の長女であるユキはブラックドレスを着ており、いつもよりも大人っぽく見える。

だが頭の上で揺れている黒い"猫耳"はとても愛らしく、忍足達にもそれなりに好評だった。

中央のテーブルでパンプキンパイを味わいながらユキはゆっくりと会場内を見回す。

「何だか別世界に迷い込んじゃったみたい。みんな凄いなあ。私ももっと本格的な仮装してくればよかったかな?」

狼男の宍戸、神父の鳳、死神の日吉、マッドドクターの忍足、ゾンビの向日、フランケンシュタインの樺地。

誰もがみんなお化けや怪物などの衣装に身を包み、ハロウィンの夜を楽しんでいる。

パーティーをやりたいと言ったのはユキだが、まさかここまで盛大なパーティーになるとは思っていなかった。

跡部家に関係する人々も招待されているので、会場内はたくさんの笑い声で溢れている。

談笑する皆を見ていると自然と心が弾む。

昔の体の弱かった自分からは想像もつかない光景が目の前に広がっているのだ。

無茶は禁物だと執事から何度も忠告されたものの、どうしても顔がにやけてしまう。

するとそこへ関係者への挨拶回りを終えた跡部が戻って来て、グラスに入ったシャンパンを傾けた。

「お兄ちゃん、お疲れ様!」

「ユキ、楽しんでるか?」

「うん!まさかこんなに大きなパーティーをやるとは思ってなかったから少しビックリしてるけど」

「やるなら盛大にやった方がいいだろ?」

「ふふ、でもお兄ちゃんは大変そうだね……」

このハロウィンパーティーの主催者は跡部なのでパーティーが始まる前から忙しそうにしていたが、肝心のパーティーが始まっても多くの人に囲まれて食事を楽しむ余裕すらなさそうだ。

そんな兄の姿を見てユキは申し訳なさそうに顔を俯ける。

「そんな顔をするな。本格的なパーティーをやると言ったのは俺様だ。こうなる事は予め予想していた」

「でも……」

「俺はお前が楽しけりゃそれでいい。だから顔を上げろ」

「……うん」

小さく頷いてユキは笑みを浮かべた。

それを見て跡部も笑みを浮かべる。

赤い液体の入ったグラスに口をつける跡部はさながら本物の吸血鬼のようだが、グラスの中身はごく普通の果汁入り炭酸飲料だ。

その時ふと壁際に立つ向日達の会話が耳に飛び込んで来た。

向日達は壁に貼られたポスターを見ているようだ。

「これって今月から新しくテーマパークに入ったお化け屋敷のポスターだろ?」

「本格ホラーの洋館探索……結構人気らしいで」

「駅前にも大きなポスターが貼られてましたよね」

「ああ。カップルに人気があるとかニュースでも言ってたっけ」

皆何だかんだ言いながら興味があるのか、ポスターの前に集まって話し込んでいる。

「皆楽しそうだね、お兄ちゃん」

「お前も例のお化け屋敷に興味があるのか?」

「うーん、怖いのは苦手だけどお化け屋敷って入った事ないから一度入ってみたいなって」

ユキは華奢な見た目とは裏腹に度胸があるが、心臓の弱い彼女がお化け屋敷に入るのはやはり危険を伴う。

そこで跡部は一計を案じると、グラスをテーブルに置いて向日達に近づいた。

「おい、俺様について来い。今夜にピッタリの良い場所がある」

そう言って跡部が連れて来たのは、本邸から少し離れた所にある別邸だった。

海外に住んでいる親戚が帰国した際に使う館なので、本邸に比べれば小さいがそれでも中は結構な広さがある。

「明かりついてねえけど、ここもパーティー会場なのか?」

「入ってみればわかる」

跡部が玄関の鍵を開けてリモコンのスイッチを押すと、エントランスホールに置かれた蝋燭に一斉に火がついた。

正面にある階段の手すりには邪悪な色をしたツタが巻きつき、両サイドの台の上には怖い顔をしたジャックオーランタンが光っている。

壁や天井にも亀裂や穴などの装飾が施され、見た目は完全に廃墟と化していた。

「例のテーマパークで使うホラームービーの舞台としてこの別邸を提供した。撮影は終わったが片付けはまだ済んでねえからな。今夜には丁度良い場所だろ」

「確かにこれは雰囲気あるなあ……」

「お化け屋敷より本格的なんじゃねえのか?」

興味津々といった様子で宍戸達が中へ入る。

「あ、これ蝋燭かと思ったら"蝋燭型のライト"だったんですね」

「本物の蝋燭じゃ火事の危険があるからだろ?」

「こっちのジャックオーランタンもよく出来てんな。このカボチャも偽物だろうけど本物と区別つかねえや」

「樺地」

「ウス」

跡部からランタンを渡された樺地は短く答えてそれを宍戸達に配った。

「そこに置いてあるようなジャックオーランタンがこの館の中に8つ置いてある。それを一人一個ずつここに持って来い。全員がクリアできたら褒美をくれてやる」

「ゲームっちゅー訳や」

「へー面白そうじゃん!」

「向日先輩、暗いんですからあまり暴れないでください」

「洋風の肝試しってか?まあいいぜ。付き合ってやるよ」

「ランタンの数が限られているので3組に分かれますか?」

「そうだな……」

こうして跡部達はそれぞれ3つのグループに分かれて洋館探索に出掛けた。

忍足と向日は西へ、宍戸と鳳と日吉は東へ。

そして跡部兄妹と樺地は二階へ上がった。

跡部の提案でプチお化け屋敷気分を味わう事になったユキは、ランタンを片手にうきうきしながら廊下を進む。

「ユキ、あまり離れるな。転んだらどうする?」

「ごめん、お兄ちゃん。でも楽しくって。本当にお化け屋敷に来たみたい」

「仕掛けはストップさせてあるがオブジェクトはそのままだからな。足元に気をつけろ」

「うん!」

元気良く答えながらも浮かれ気分のユキはどんどん先へと進んでしまう。

「樺地、ユキの側を離れるな」

「ウス」

小さく頷いて樺地がユキを守るように後ろに立つ。

大きなフランケンシュタインを従えながら先へと進む黒猫の姿は、ミスマッチなのだが何とも可愛らしい。

空気が冷えて来たせいか、最近体調を崩して気分が沈みがちだったユキにとって今夜のハロウィンパーティーはとても楽しいイベントなのだろう。

顔色は決して良いとは言えないが、嬉しそうに笑っている姿を見るとベッドでじっとしていろとは言えなくなってしまう。

仕方なくお化け屋敷の代わりにここへ連れて来たのだが、愛らしい笑顔を見る限り正解だったようだ。

「あ!樺地君、ジャックオーランタン見つけたよ!」

「ウス」

「さっそく1つ目ゲットだね!亮達に負けないように頑張らなきゃ」

ニコニコと笑うユキの横で樺地がジャックオーランタンを持ち上げて肩に担ぐ。

その後も順調に館探索を続け、跡部達は3つのジャックオーランタンを見つけてエントランスホールへと戻った。

「あれ?誰もいない?」

「まだ探してるみてえだな」

「じゃあ私達が1番乗りだったんだ。やったね!」

「ウス」

樺地とハイタッチを交わして笑うユキだったが、待てど暮らせど忍足達は戻って来ない。

さすがに不安を感じて捜しに向かおうかと思ったその時、突然ホール内の明かりが全て消えた。

「えっ!」

驚いてる間にぼうっと玄関の前に浮かび上がる人影。

大きなカボチャ頭に体をずっぽり覆ってしまうような黒いマント。

暗闇の中にぼんやり浮かぶその姿は巨大なコウモリのようにも見えた。

それが黒い翼を広げながらユキに迫り来る。

「きゃああああっ!!」

ユキが思わず悲鳴を上げてしゃがみ込んだ次の瞬間、パッと明かりが灯った。

恐る恐る顔を上げると、そこにはずらりと並んだ見慣れた少年達の姿があった。

「……え?」

茫然と皆の顔を見渡すユキ。

すると鳳が申し訳なさそうな顔で一歩前に出た。

「すみません、ユキさん。少し刺激が強過ぎたかもしれません……」

「え?え??」

「堪忍な、ユキちゃん。ユキちゃんが例のお化け屋敷に行きたいっちゅーとんの聞いて、雰囲気だけでも味わってもらおうと思たんや」

「えーっ!!じゃ、じゃあさっきのカボチャのお化けは……」

「ああ、アレは日吉。本当は俺がやるつもりだったんだけど、カボチャのサイズが合わなくてさ」

向日がネタバレするが、照れ臭いのか日吉はユキと目を合わそうとしない。

「さっきの日吉君だったの!?全然気づかなかった……」

驚いてばかりのユキだったが、皆の顔を見ている内に少しずつ落ち着いて来たのか、胸に手を当てながらゆっくりと息を吐いた。

「ビックリしたあ……でもそっか。お化け屋敷って人を驚かす所だもんね。皆のおかげで本当にお化け屋敷になっちゃった。ありがとう!」

そう言ってユキは笑顔を浮かべるが、すぐさま跡部の怒りの雷が落ちた。

「てめえら……ユキの心臓が止まったらどうすんだ!アーン!?」

「やべっ……逃げろ!」

「待て向日!!」

「なんで俺だけ追っかけられんだよ!」

「どうせてめえの発案だろうが!」

「なんで知ってんだよお!」

怒り狂う跡部から逃げ惑う向日。

ハロウィンの夜は賑やかに過ぎて行くのだった……。


→あとがき
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