出逢い
「アーン、立海に転校するだと?」
「うん。1年留年しちゃったし…氷帝には居辛くて」
病室のベッドに座り、ユキは兄に転校することを告げた。
本当はずいぶん前から決めていたのだが、なかなか言い出せなかったのだ。
忍足や向日達は、向こうでも頑張れと応援してくれたが…
心配性な兄が承諾してくれるかどうか、かなり不安だった。
「留年しようが何だろうが、構わねぇだろ。何か言う奴がいたら、俺様が黙らせる」
「……心配してくれるのは嬉しいんだけど、それはちょっと…」
「だいたいなんでよりにもよって立海なんだ?」
「別に深い意味はないんだけど…立海大附属中って言ったら、かなり有名な学校だし。テニス部は全国優勝してるでしょう?」
「…まあな」
「ジローちゃんが立海のテニス部にはすごい人がいるんだって言ってたし。見てみたいなぁと思って」
「そんだけの理由で選んだのか?もっと他にもあんだろうが」
「確かに青学の菊丸君とか不二君とか…それに山吹中の千石さんとか…仲良くなれたけど」
「千石はやめろ。あいつは危険だ。半径2メートル以内に近づくな」
ユキは苦笑いして続けた。
「でもほら、立海には"蓮二君"がいるでしょう?留年決まった時にどうしようか悩んでて、それで蓮二君に相談したら、立海に来るといいって誘われたの」
「何だと!いつ奴の連絡先を知った!?」
「え?だって引っ越してしばらく経ってから、手紙来てたじゃない」
「手紙だと?」
「あ、そっか。女の子の名前だったからお兄ちゃん知らないんだ」
「何!」
「だってお兄ちゃん、私に来る男の子からの手紙み〜んな破いちゃうんだもん」
「当たり前だ!」
「蓮二君の手紙もお兄ちゃんが見たら絶対破くと思ったから、女の子の名前で送ってね、て頼んだの」
「!!」
跡部は顔を引きつらせる。
「蓮二君オススメの学校なら、私も行ってみたいなぁって」
「っ…チッ、余計な事しやがって…」
跡部は舌打ちするが、ニコニコと笑っている妹を前にしては、何も言えなかった。
「私…氷帝のみんな大好きだし、会えなくなっちゃうのは寂しいけど…引っ込み思案だった私を変えてくれたのは、みんなだから」
「!」
「もっとたくさんの人と会って、話して、広い世界を見てみたいの」
「っ…」
「不安も確かにあるけど、いつまでもお兄ちゃんや侑君達に甘えてばかりじゃダメだと思うから…だから、ちゃんと自分自身の力で頑張らなきゃって」
そう言う妹を見て、跡部は変わったな…と感じた。
生まれた時から病弱なせいか、人見知りが激しく、両親と自分にしか心を開かなかった妹が、世界を見てみたい、と言うとは…
「……仕方ねぇな」
はぁ…とため息をつき、跡部はポンっとユキの頭に手を置いた。
「だが気をつけろよ。何かあったらすぐ俺に言え。どこにいようと必ず駆けつける」
「お兄ちゃん…!うん!ありがとう!」
嬉しそうに笑うユキを見て、跡部も微笑を浮かべる。
「いいか?学校が終わったら暗くなる前に家に帰れ。少しでも不審な奴がいたら、すぐ俺様を呼べ」
「う、うん」
「男は絶対近づけるなよ?いいな。」
「は、はい」
「それから…」
そう言って跡部は、黒い機械みたいな物をユキに渡した。
「……えっと…お兄ちゃん?これは…」
「肌身離さず持ってろ。男が近づいたらそれを使え」
「……」
ユキはスタンガンを手にしたまま呆然とする。
「一人暮らしになるとすると、他にも色々用意しなきゃなんねぇな。これだけじゃ足りねぇ」
そう言うと跡部は鞄を持って立ち上がった。
「ユキ、用事が出来たから今日はこれで帰るな。明日また来る」
「え、ちょっと、お兄ちゃん!?」
止める間もなく、跡部は病室を出て行った。
「…もう、いっつも人の話聞かないで勝手なんだから」
そう文句を言いつつも、ユキの顔には笑みが浮かんでいた。
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