譲れないもの-pride-
午前5時を過ぎて空が少し明るんできた頃、ユキと千石はエリアF−5とF−4の境にあたる森の中を歩いていた。
近くには民家もあったのだが、数時間前に屋内で無残な仲間の遺体を目撃したばかりなので、建物に近付く勇気はなかった。
「…ユキちゃん、ここで少し休憩しようか」
千石の提案にユキは小さく頷いて、千石と共に大きな岩を背にして草むらに腰を下ろした。
農協を出てからずっと歩き通しだったので疲れてはいたが、それ以上に精神的な疲労の方が大きかった。
口には出さないが、千石も同じなのだろう。
出発直前には軽い冗談を口にする程余裕のあった彼が、農協で仲間の遺体を目にしてからはほとんど口を聞いていない。
「……お兄ちゃん…」
立てた膝に顔を半分埋めながら、ユキは小さく呟いた。
参加者名簿には今回の合宿に参加するはずだった各校のテニス部レギュラー達の名前が並んでいた。
氷帝テニス部の部長を務める双子の兄・跡部景吾の名前もそこに並んでいた。
この島のどこかに自分や千石と同じように爆弾付きの手枷を装着された兄もいるのだ。
兄のパートナーが誰なのかはわからないが、兄ならばこの絶望的な状況でも何か打開策を思いつくかもしれない。
何より血を分けた兄がそばにいるのなら心強い。
どうにかして兄に自分の居場所を知らせたいが、大多数ならともかく、特定の人物に絞って個人的に連絡を取ることは難しい。
兄や立海の仲間達なら問題ないが、このプログラムに乗った人物に自分達の居場所が知られてしまえば、おそらく農協で見た南達と同じ運命を辿ることになるだろう。
こちらは銃を持っているとは言え、訓練を積んだ軍隊じゃあるまいし、いくら動体視力に長けた千石でも、そう簡単に銃を扱うことはできないだろう。
それは自分も同じだ。
それに、もし不意打ちをくらったりすれば、抵抗する間もなくやられてしまう危険性もある。
南達が4人一緒に行動していたのかは定かではないが、殺し合いというルールが設けられたこのプログラムの中では全員いつも以上に警戒心が高まっているはず。
にも関わらず、南達は同じ場所で惨殺されていた。
二人だけならともかく、4人もいて近くに隠れている人の気配に気づかないとは思えない。
つまり南達は襲撃者に対して警戒心を抱いていなかった…ということになる。
そして、相手を信頼し油断しきっていたところを襲われ命を落としたのだ。
あの場に居たのは千石と同じ山吹中の生徒と、不動峰の生徒だけだった。
ということは、襲撃者も同じ学校の仲間だった可能性が高い。
たとえパートナーが違う学校の生徒だったとしても、仲間のパートナーを疑ったりはしないだろう。
手枷で繋がれている以上、二人は一蓮托生の身。
パートナーを裏切って攻撃すれば、それは全て自分自身へと返ってくるのだから。
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