自力で移動することができない、というのは、思っていたよりも不便なことだ。どこにも行けないし、同じ景色はひどく退屈だし。幸いなのは、腕はいくらでも動かせることで、おかげさまで自力で食事を摂れてしまうものだから他の人の手を借りなくてもいいという安心感と他にすることがないというストレスがすっかり食事に傾倒されてしまっている。体重のことも頭の片隅によぎるのだけど体重計にたどりつく手段もなし。あぁ、暇だ。

あまりにも暇なので、キャプテンに頼み込んでおぶってもらって甲板に出た。面倒だかなんだか、露骨に嫌そうな顔をされたけれど、ちゃんと物理的に運んでくれるあたりキャプテンも良心的だ。横着に能力で運ばれるかと思った。

「…空気がおいしい」
「長居はしねェぞ」
「うん、ありがとうキャプテン。…寒い」
「冬島が近いからな」
「そうなの?」


長身のキャプテンの背中から見た遠くの空にはたしかに知らない海の星空が広がっていた。いつのまに、私たちの船はこんなところにまで来ていたんだろう。

「ねえキャプテン、私、まだ安静にしてなきゃいけないの?」
「足が治るまでは我慢しろ」
「キャプテンが私の足になってくれれば問題ないよ」
「その台詞は上下逆なのを忘れんな」
「…はぁい」
「…不満げだな」


死にかけたってこと、わかってるのか。

背筋がカチコチに凍ってしまいそうなほど冷たい声が脅すように、背中ごしに響いてゾクリとした。死にかけた、らしい。そう見聞的になってしまうところ、私にはどうもその自覚がない。
キャプテンやシャチと島に上陸したら海軍に追い回されて、やみくもにキャプテンを守っていたはずのその次の記憶は、介抱されていたベッドの上だった。あっというま。いつのまにか、体中がボロボロになっていて、特に負傷のひどかった足は最初の頃ちっとも動かなかった。それでもどこか、その日のことは白昼夢のようにピンとこない。心配性のキャプテンには悪いけれど。


「キャプテン、私も海賊だよ。戦闘員なんて怪我してなんぼってやつでしょ」
「それで致命傷を負うなら世話ないな」
「本望だから」


キッパリすっぱり言ってやればキャプテンの肩がかすかに、苛立たしげに揺れたのを感じて、私もますます意固地になる。言っておかなきゃいけない。私は生きのびるために海賊になったんじゃない。キャプテンの手助けをするためにこの船に乗ったのだから、彼が生きるためには、いざとなればこの命を捨てる決断をしてほしいと思う。けっして、負担をかける存在に成り下がるのではなく。それは英断である。
キャプテンの腕に支えられたままの、まだあまり感覚の戻らない足も、結果的にキャプテンを守れたようなのだから私の誇りだ。


「キャプテンの過保護なのも考えものだね…」
「お前は自暴自棄になりたがるからそれでちょうどいいだろ」
「献身と自暴自棄は別物だってば。それに足だって、私のなんだからそんなに脆くはないよ。まだ、時期じゃない」


早死にしたいわけじゃない。彼のそばで、できるだけ長く旅をしていたいと思う。そして、自身の潮時がいつかを判断するのは、自分でありたいとも思う。理想はキャプテンに委ねたいけれど、彼はそういうところ、私に優しすぎるのを知っている。
キャプテンはなにも言わなかった。冷たいはずの夜空が、奇妙にあたたかい。今までの旅路を、すくなくとも評価してくれているようだった。キャプテンも仲間も、そして私も、間違ってない。ここまで来ないと、見られなかった景色。


「リユ」
「…ん。なあに、キャプテン」


気づけば私は彼の背中から木箱の上へと移動させられていた。投げ出された両足にしゃがんだ彼の指が触れる。つーっと線に沿うように撫ぜられているのに、かすかにしか感じられないのが残念だった。
ちゃんと、治してやる。ぶっきらぼうな言葉。どんな顔をしてそんなことを言ったのか気になるのに、薄闇の中ではうまく見えなかった。ただ、「信じてるよ」と返したときに、力強く頷いてくれたのだけはよくわかった。


この人の隣を長く望むなら、貪欲に生きなくてはいけない。もちろん、潮時がくるまで。そこを見誤ることのないように。
いつ死んでもいいと思えるほどに、この場にいられることを、とてもしあわせに思うよ。






∴共依存








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