ハグするために、キスするために、重なりあうために、付き合っているわけじゃあけっしてないんだけど、そういうのが一切ないとなると付き合わなくてもいいんじゃないかな?と思えてしまう。
愛してるだとか、そんなことは平気に言えてしまうくせに、サンジくんはそういうところ、ひどく曖昧だ。彼はどこに向かいたいんだろう。私をどこに連れていきたいんだろう。


「浮かない顔をしているね」

どこかから颯爽とキッチンに現れたサンジくんは、私の顔を覗きこんで、前髪に隠れていない方の目をつむるように笑った。ううん、なにもないよ。そうかい、ああ、こっちにおいでよ。1人なのにわざわざテーブルに座るへんてこな私をカウンター席に誘うサンジくんは今日も優しい。

「お皿洗い?」
「と、明日の仕込み」
「手伝う」
「いいよ、リユちゃんはゆっくりしてて」


座ったばかりのカウンター席から早くももう一度立とうとしたところを止められて、渋々座り直すと、サンジくんはなぜだか機嫌がよくなった。ううん…。どういうことだろう。気づけば目の前にはオレンジジュースが置かれていた。大事な仲間の輝かしいまでのオレンジの髪がちらちらと脳裏をよぎって胸が苦しくなる。そういうの、嫉妬っていうんですって。相手は液体なのに。

サンジくんが素敵な女性にときめくのはもういっそ条件反射なのであり、それをやめろという方が無理な話であることを私は知っている。だからそれらを悠々と達観していられるようにならなければ、と頭では思うのに、いかんせん、そうしていられるほど私の経験値はないのだった。
私より年下のこたちの間にだって付き合ってもいないのにキスが交わされる関係が少数でも存在しているというのに、私とサンジくんはいったい何なんだ。


「リユちゃん、眠たい?」
「んーん、平気」
「でもなんだか上の空だね」
「だいじょうぶ」


私はただただ、お皿をザブザブ洗うサンジくんの両手を見つめていた。申し訳ないながらどうしても、忌々しかったオレンジジュースは一気に美味しくいただいた。ああナミ、お願いだから、青くて情けない私を許して。





腹が決まってしまえば、サンジくんの唇を奪うのは拍子抜けするほど簡単だった。カウンターに片膝をのせて、両腕をするりと彼の首にまわして。今までで一番近くで彼の瞳をとらえたときにはキスが成立していた。
存外意外だったのは、サンジくんがそれを拒まなかったことだった。むしろなにかの抑えがはち切れてしまったように、彼の泡だらけだった手が私の体を懸命に支えてくれた感触がひどく生々しく、熱っぽく、うれしかった。


「君ってヤツは…」

苦笑して、大事にしたかったのだと、たぶんサンジくんは合間にそう言ったと思うのだけれど、今は言い訳よりも口づけがほしかったものだからしょうがない。






∴欲しがり








140523