「はーい、そろそろ終わりなよー」
「返事する前にコンセント抜いてたよな」
「んー?ちゃんとセーブが完了してるの見届けてから抜いたよ?」
「…あの扉の向こう、ボスだったんだけど」
「知ってる知ってる。なんか炎の龍でしょー。弟がね、すごい手こずってたの覚えてる」
「…あ、そ」


ごそごそとゲーム機を片づけるリユの姿を横目に、おれは体をかるくひねって、ずっと置き去りにしていたコーヒーに手をつけた。口内から咽喉になだれ込むその液体はすっかり冷えていて、すこしの罪悪感を残して胃のほうに流れていく。

窓の外の夜の暗さが「さっさと出てけよ」とでも言っているような気がして、可笑しくて、でも可笑しいだけで実際におれをこの部屋から追い立てるほどの力はない。
これからどうしようか。ゲームをしている間つかっていなかった部分の脳みそをゆっくり動かすかたわら、目はリユの首筋にはらりとちらばる耳にかけられた細い髪や、女性らしい線を眺めるのに忙しい。


「そろそろ帰りなよ」
「春先とはいえ、外、ぜったい寒いよな」
「うん、でもここでだらだらしててももっと寒くなっていくだけだよ」
「…今日は帰りたくない」
「そんな可愛いセリフ言っても相手が私じゃ意味ないよ、シャチ子ちゃん」
「……」


あまりの言われように黙殺していれば、リユは小さく息をついておれの髪をくしゃくしゃと撫でた。

「…べつに、拗ねてるわけじゃねェんだけど」
「あれ、そうなの。ごめんね」


「なんか、拗ねてるときの弟みたいで、つい」。そう言って、おわびのつもりかうしろからおれの首にするりと両腕をまわして、一度ちからをこめてギュッとして、すぐ離れていった。あまりの自然な流れにいっそ泣けてくる。
何年か前までこの部屋で一緒に生活していたというリユの弟は、ずいぶん姉に愛されていたようで、そしておれに似ているらしい。女の一人暮らしになんの警戒もなく入っていけるのはその弟からの恩恵ともいえるだろうが、あまりにも意識されなさすぎて腹立たしくもある。これが弟じゃなくて昔の恋人に似てるとかなら、もっとべつの、無限の可能性があったんじゃないかと思うのだけれど。


「で、本当に帰らないつもり?」
「うん」
「そっか、そこまで言うなら好きにしていいよ」


意外な言葉に顔をあげれば、いつのまにかダイニングキッチンまで移動していた彼女の背中がみえた。
さっきおれが中身を飲み干したばかりのカップがシンクに飛び込んでいく。


「…無理矢理にでも帰らされると思ったんだけど?」
「んー、私もそのつもりだったんだけどねえ。なんでかなあ」
「ふうん。まあなんにせよ、泊めてくれるんならいいけど」
「そういうシャチの、なんていうの?大雑把なところ?けっこう好きだよ」
「弟に似てて?」
「ううん、弟と似てないけど」


…これはいったいなんの心境の変化だろうか。信じられない思いでリユを見つめていれば、食器に目をおとしたまま「そんなにじっくり見ないでよ」と苦笑された。
「大雑把でわかりやすくて、すごく鈍感なシャチが好きなのよ」とも言った彼女の泡だらけの手に、おれの手が触れるまであと何秒。






∴同調拒否










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