なにやら最近、ドレーク先生と目が合う。

授業中、目が合うのだ。ドレーク先生は、目が合うとなかなかそらさない。一見難しそうで、意外と理解できる諸々を、ゆっくり喋る。ように見える。目が合っているときには。
最初の頃は、座ってた席がちょうど良かったのかしら、なんて考えて、ころころ席を変えてみたのだけれど、教室の中央に座った日も、極端な隅っこに座った日も、話しながら教室中を歩く先生とはいつも目が合った。


ケータイを触っているでもなし、女学生みたいにお手紙を書いているでもなし、内職をしているわけでもなし、授業の内容だってそんな、就職活動に直接役立つ実践的なものでもなかったから、ただただ単位のために普通に授業を受けるたくさんの生徒の1人のはずなんだけれどなあ。おかしいなあ、おかしいなあ。




おかしいなあ、と、思っているうちに、あたしはなにやらドレーク先生のお家に上がり込むようになっていた。それも、けっこう頻繁に。先生のお家は、片づいたスペースと乱雑なスペースが激しかった。あんまり人を歓迎するような構えではなくて、けれどそんな場所にあたしはちょくちょく転がり込む。なんとなく、いただいてしまった鈍い銀色の合鍵も、実はそんなに使わない。なんとなく足が向くと、ドレーク先生もなんとなく、家にいた。彼の家なのに、いつだって、なんとなく、だった。

「最近どうだ」
「どうって、なにがですか」
「サークルの」
「ああ、先輩のことですか」


どうもなにも、ないですよ。答えると、ドレーク先生はそうか、とだけ言った。先生は今、あたしの大学とは別に、週に一度講師をしている大学での授業で使うプリントを作っている。あたしは肩を竦めて、お米の磨ぎ汁を部屋のドラセナにやった。ドラセナは、乱雑な方のスペースにあった。

本当は、先輩とはいろいろあった。なんだか気に入られてしまったらしく、あたしも満更でもない。背の高くて、並びのいい歯列が白くて健康的な、いい人だ。この間は、恋人ごっこなんてものをしてしまった。ブランニューなカップル限定のお店を何軒かはしごして、必要であれば腕をからめたりした。どうやら先輩は真剣で、まいったなこりゃ、なんて、あたしは思っている。先輩との外出は、楽しくはあった。

「ドレーク先生、冷蔵庫に野菜があります」
「そうだな」
「冷凍庫に豚肉があります」
「そうだったか」
「野菜炒め、作っていきましょうか」


長方形の冷蔵庫を開け閉め開け閉めして、せわしいドレーク先生の背中から返事を待ってみる。しばらくして、じゃあ、頼む、なんて言われたので、気分を良くしてあたしは台所に立った。ドレーク先生の台所は、すっかり勝手知ったる場所であった。

あたしもドレーク先生も、お互いのことをよく知らない。先生が先輩のことを知っているのは、学内であたしと先輩が親しく歩いているのを、先生が偶然見たからだった。逆に、あたしの交友関係なんて、先生は先輩のことしか知らないんじゃないかと思う。
ドレーク先生が既婚者なのか独身なのか、恋人がいるのかいないのかも、あたしは知らないのであった。あたしは、前者も後者も、可能性は五分五分だろうなあなんて、なんとなく、予想したりはしている。乱雑な場所に押しやられた、可哀想なドラセナは、どう考えてもドレーク先生には似合わなかったから。


先生にそういう先約があるかどうか、までは考えるけれど、先約があったらどうしよう、は、あたしは考えないのだ。どうしよう、と思えるかどうかも、あたしはまだわからないし。

「…せんせえ。教師と教え子だなんて、めんどくさいですよねえ」
「そうだな。面倒だ」
「だから、あたし、ステディみたいなの、勝手につくります。先生も、勝手に恋愛していてください」


とんとこ、とんとこ。野菜を切っていく。キャベツがあって、ピーマンがあって、玉ねぎがあって、見事に地味な色の野菜炒めになりそうだった。人参があればなあ、と考えながら、あたしは冷蔵庫から木綿豆腐を引っ張り出す。解凍にかけた豚肉も、あついところからそろそろと救い出す。「…それが一番、かしこいと思うんですよねえ」。言い訳みたいな響きでつけたす。豪快に玉ねぎを切ったら目にしみて、とってもかっこわるいと思った。




「シンプルなものしか作れなくて、ごめんね先生」
「リユは食べていかないのか」


顔を向けたドレーク先生は、あたしの帰り支度を見て顔をしかめた。うん、だって、行かなきゃ。バイトの時間が迫っていた。冴えない居酒屋の店員に変身する時間だ。
玄関でしゃがんで、スニーカーの紐を結んだ。後ろで、ドレーク先生が見送りに来てくれた気配がする。頭を大きな手で撫でられた。ずるい人と渡り合うためには、かしこくならなきゃなあ。心底思った。ドレーク先生の手を取って、その鎖骨のあたりに張りついて、わんわん泣くことができたら、楽なのになあ。いろいろ、たくさんのことが、おもちゃみたいに簡単に、終わってくれるのになあ。







∴睫を掠めたのは欲望でしたか







title by.夜と魚
150604