こんばんはよりもお互いの名前を呼ぶよりも先に唇はくっつくことを選んだ。やたらと長いキス。肩と鼻で息をしたらローくんのからだが心に近づいた。腕捲りしたままのシックなシャツと、見え隠れするだるそうな黒のVネック。目を閉じる前に見えた彼の服装を頭の中で思い返しても、似合いすぎててドキドキした。ローくんは何着ても似合うしかっこいいけど。今日もとびきり、かっこいい、よ。ローくん。

熱がはなれてからしばらくぼうっとして、ローくんにもたれかかっていた。人気のない小さな公園の夜はまさしく私とローくんだけの世界だけど、そんな、破廉恥なことはしない。ちゅーするだけ。ハグは、たまに。してって言ったらしてくれる。

病院からそのまま来たのって訊いたら、またキスされた。なんか、面倒くさいことがあったらしい。社会っていうのはだいたい面倒くさくて、病院ってそんなに綺麗な場所じゃないんだってことは彼から教わった。未来へのパワーで満ち溢れていたのかもしれない当時女子高生にそんな現実を教えた罪は重いと思う。

「…うまくなったな」
「ローくんがちゅーばっかするから」
「不満か?」
「いーえ。じゅーぶんです」
「言えばなんか変わるかもしれねェだろ」


機嫌がちょっと良くなったらしい。それでも、たぶん、まだまだ全快じゃないんだろうけど、眉の寄り方が優しい。「じゃあもういっかい」。おねだりしたらまたくれた。ちゅーばっか。うん、いいよそれで。だってそれ以上なんかもらちゃったらいよいよどうすんのって話。

素早くてささやかなキスをもらって、きゃー、なんて力の抜ける声が口をついてでた。目を閉じる間もなかったせいで赤面しちゃったりする。…けど、これってどうなのか。たぶんこれ同期が彼氏とかにやってるの目撃したら見なかったフリするか無言のまま彼女の人生からフェードアウトするかもしんない。ああでもローくんがどーでもいいって顔してくれるなら私、他人からどう思われようがいいかも。ああダメだローくん養って。


ローくんは遠いところに恋人がいる。その人のほうがほんとのほんとに本命で、お遊びなのは幼なじみの私の方。写真見せてもらったことあるけど、私が彼女に勝ってるのってローくんと知り合ってからの年数と若さくらいのもんで泣きたくなった。細いし美人だし髪綺麗だし片頬だけのえくぼはもうなんか色っぽくて、所詮私は中の中の顔した女子大生2年目だから勝ち目なんてない。この顔も愛着あるけど、ああいう顔にうまれたら色々違っただろうなって思うと切ない。
本命の彼女は仕事で苛ついたからって「来い」の一言でローくんに突然呼び出されたりしないし、口寂しさにキスされたりもしなくて、しかもそんな何年たっても適当すぎる待遇に尻尾ふって居座ったりしないんだろうなあ。


「ローくん」
「なんだ」
「すき」
「知ってるが」
「だよね。わたしも知ってた」


言葉はあまり意味をなさない。仕方ない、そういう関係だ。ローくんはひょいひょいついてくる女の子が都合よくて、わたしはローくんになにされてもいいって思ってたから、その時点で言葉はキス以上の価値はなくなってしまった。
でも、やっぱり、ローくんの気持ちとか、訊いてみたい。またちゅーされる。ローくんはやっぱりかっこいい。訊いてみたいけど、それでポイされちゃったら元も子もないから黙ったままでいる。ローくんの思い通りになってるなら、ローくんがしあわせなら、わたしはそれでいいよってなっちゃう。見かけだけ仰々しい、ただの安っぽい自己犠牲。ローくんへの恋情とやる気さえあれば誰でもできちゃうこと。



振り返ってみたら本当にいろいろあったし思い通りにいかないこともめちゃくちゃあったけど、それでもしつこく幼なじみつづけたらなんとかなったねー。

ていうのが私の理想だった。ていうか、今もそんな形を夢見ている。ちょっとだけ。うん、ちょっとだけ。そんなのとはほど遠い不純で適切でない道を欲のために突き進んでるけどね、やっぱりまだ心のはしっこじゃあちゃんとしたルートをしゃんとした姿勢で歩きたいなあ歩きたかったなあってしくしく泣いちゃう日があるのです。ごめんねローくん。だいすき。






∴人魚の細胞






Ash.さまに提出。ありがとうございました。


150421