この家はそんなに古くはないはずなのだけれど、たぶんどこかでガタがきているんだと思う。じっとしていると閉め切ったはずの室内をひゅううと細いすきま風が通る。いったいどこからだ。部屋の向きが悪いんだとこの前わが家に遊びに来た弟は言った。「ここの東の部屋は寒い」。キメ台詞のようであった。
だから、という接続詞を使うのはなんだかしっくりこないのだけど、このおうちが外とあまり気温が変わんないんじゃあないかというのはそういうどうしようもないことが原因なので、終電を逃したこの寒い夜にこんなお部屋しか提供できない不甲斐ない恋人を、どうかどうか許してほしいのでございます、トラファルガー・ローさん。


云々と説明している私をよそに、ローはシャワーを浴びるとすぐ用意されていたベッドにひっこんでいった。家中の毛布をかき集め積み重ねたそこはなんだかすごく、重そうである。時計をみると25時をすこし過ぎていた。なんでも、飲み会が長引いたらしい。そういう時期だからしょうがないのか、いやいやそれでも、明日のことを考えようよシャチくんもペンギンくんも。彼らはどうしたのだろうか。終電、間に合ったのだろうか。……。…いやいや、まさか。

「リユ」
「はいはいなんですか」
「もう…やることねェのか」
「そうだねえ、ほとんどないね」


新しい寝床を準備しながら眠そうなローの声に返事していると、ぱさりと傍らの掛け布団をめくって「こっちにこい」と乞われた。…えーと、それは、つまり? つまりもなにもねェよ、寒いから早くしろ。眠気に必死に抗うようにぴくぴくしている瞼を見るかぎり、一瞬頭によぎったいかがわしいあれこれは関係ないらしい。よかったよかった。

「おじゃましまーす…毛布、やっぱり多かった? 重くない?」
「…べつに、どっちでも」
「ロー、腕、苦しい」
「逃げんな寒い」


寒かろうが人間カイロにしようが苦しいものは苦しいんだけれど、抗議してもローはもう生返事しかしない。向かい合って眠るのもなんだかなあと彼に背中を向けて体を重たい毛布のなかに落ち着かせたのは間違いだったのかもしれない。膝がじゃまにならないぶん、私とローの距離はばかみたいに近かった。

何時に起こせばいいの。数拍。…6時。6時ね、朝ごはん作ってあげるからちゃんと起きてね。あー…。枕がすこし形を変えた。わかったの声がくぐもってきこえて、吐息が私の髪にぶつかる。私は仕方ないなあとまだぎゅうぎゅうしめてくる腕をなぞってローの手に私の手を重ねた。満足したようにローが笑うのがかすかにわかった。
私たちの動作のひとつひとつは、他の誰に対してでもなく、やはり恋人だけに対するものなのだと気づいたのは最近のことである。手のかかる弟のようには扱えない。ローは男だ。


「暖かくなったらどこかに行こうね」
「………ん」
「…やっぱり毛布、重いなあ」
「…………」
「ローの足、冷たいね」


返事はなかった。返事を考えているような、そんな空白もなかった。耳を掠めていくのは寝息。ずいぶん健やかそうに寝るものだ。ローの足がすこしずつぬるくなっていく。ローの手を握りしめて私も眠った。






∴ひそやかに色づく







141208