迎えにきて、とケータイが震えたのはPM10:00。そしてそれから30分後、キッドはリユを後ろに乗せて山をぐるりと囲む道路を走っていた。きちんと舗装がされていて、そんなに暗い道でもないのに同じように走る車やバイクはほとんどなかった。キッドの運転するバイクのエンジン音だけがまわりによく響いている。

…大丈夫か。あまりに後ろのリユが静かだったので心配になって訊いてみると、横腹にまわされたリユの両腕がきゅっと締めつけてきた。そして一拍おいて「へーき」の声が、おそらくどこに行きたいかと訊ねたとき「どこでもいい」と言ったきりだった口からかすかにこぼれる。

「…むかしは、バイクって危ない乗り物だと思ってたんだけど、」
「…おう」
「危ない人がバイクに乗るからそうなっちゃうのであって、それなら自転車も同じくらい危ないって。本当にバイクを愛してるなら危ない格好のままでバイクに乗ったりしないし、無茶な改造もしないもんだよって、バイク好きだった友だちが」
「じゃあ、今は平気なのかよ」
「…ちょっと怖いけど、運転してるのがキッドだから、そうだね、平気」


背中がふいに暖かくなる。リユにかぶせてやったヘルメットだけは固く冷たく、背中に触れていた。向かい風がキリキリとキッドの頬を掠めていく。おそらくはリユもキッドほどではないにしろ同じ感覚を味わっているはずだった。他のなにかでは味わえない疾走感と、心の奥底を良くも悪くもぞわりと煽るざらざらとした恐怖。
道路の外側の木々が急に途絶えた一瞬だけ見える街のほうの明かりの群が気に入っているのだが、そんな景色もちっぽけに思えてしまうほど愛しい存在が命を自分にあずけている以上、目は勝手に目の前に広がる道だけを睨んでいた。


「…あのね。うしろからだと、ヘルメットからはみでたキッドの赤い髪が揺れるのがよくわかるの」
「ふうん…」
「私、キッドの赤い髪、好きよ」
「お前はいつもそれしか言わねェな」
「ごめんね」
「……まだ、走らせていいか?」
「うん、いいよ」


帰ることのできるぎりぎりのところまで、走っていようとリユは続けた。リユがなにかをごまかしたがるときにいつも口にする赤い髪の話のあとの、いつになくおとなしい声で発せられた挑戦的なその提案はどう考えてもいつもの彼女のものではなかったけれど、どこか様子がヘンなのはバイクに乗る前からだった。それに突飛な要求などいくらでも呑むつもりで駆けつけたのだ。キッドは返事のかわりにスピードを上げた。

「あぁ、やっぱりいいもんだね」。しばらくして、いろんなことをたくさん考えて一周しきったあとのように疲れた声で背中のリユは言った。それからしくしくと静かに泣いた。
リユのことを今すぐ抱きしめてやるのと望みどおりバイクを走らせ続けること、どちらを優先させるべきかキッドはすこし悩んで、しばらく黙ってバイクを走らせることにした。帰ることのできるぎりぎりのところに着いたら、リユの顔を見て、抱きしめてやろう。リユが押さえ込んでいるものを彼女の望むだけ引き受けて、そして一緒に同じ道を帰ろう。







∴ロストワーズナイト







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140923