「なあ勘右衛門、いい加減に観念してしまいなよ」 「何のことさ、雷蔵」 白い社の前に、一人立っている勘右衛門に、僕は後ろから声をかけた。こちらからは一切顔は見えないけれど、勘右衛門の声に抑揚はなかった。 今日も今日とて、兵助の求婚を断り続け、とうとう兵助は「役目があるから」と、そうすることに大変不本意そうな三郎に連れて行かれた。 力があり、地位も高い兵助には、やるべきことも多く回ってくる。それをやり遂げさせなければならないが、勘右衛門との恋路も応援してやりたい。三郎はそんな複雑な立場である。 「決まってるだろ、兵助のことだよ」 「雷蔵も、それを言うのかあ」 も?と聞けば、八左ヱ門にも同じことを言われたのだとか。僕らも大概似ているものである。 いい加減に、勘右衛門は首を縦に振ればいいのに。 「兵助のこと、きらいなの?」 「まさか。好きだよ、だいすきだ」 あの頃と変わらない笑顔で、勘右衛門は僕の方をみた。笑っているはずなのに、その実感情が見えない。まるで狸だと言ったのは誰だったか。今となっては本当に化狸だ。そんなことを思う。 「兵助のことは、すきだよ」 「じゃあどうして?」 「…だってね、雷蔵」 やんわり微笑んで言う勘右衛門に、首を捻りながら聞けば、勘右衛門は僕から目をそらした。 そのまま、ぽつぽつと呟いていく。 「兵助が好きなのは昔の俺だもの」 寂しそうな声。 「記憶のある、俺なんだもの」 勘右衛門の、表情は見えない。 「だから『俺』は、違うんだもの…」 それっきり黙ってしまった勘右衛門。泣いてはいないか不安になったけれど、それは懸念らしい。そういえば、僕らの最後の時も、君は奥歯を噛み締めて、決して泣かなかったね。泣いたら少しでも楽だろうに。 弱いけれど、君は隠すのが上手かった。三郎もそうだった。けれど、三郎には僕と八左ヱ門がいたし、今もいる。しかし、今の君には、かつて居た寄り代が今はいない。 ……さて、なんてことだろうか、兵助。君の気持ちは、この男には全く伝わっていなかったようだよ。 そして、三郎、八左ヱ門。僕等は見当違いの思い違いをしていたみたいだ。 「(けれど、僕から言うのは野暮と言うものだよねぇ…)ねえ、勘右衛門」 「…なあに、雷蔵」 まだ何か言うの、と言いたげな瞳がこちらを向く。 ああどうしようか、なんて悩むけど、君たちはいい加減すれ違いすぎだよ。 「一度、兵助と向き合って、その言葉を言っておいで」 「えっ」 指先から焔をポゥと灯らせ、勘右衛門の方に一吹きすれば、狐火は勘右衛門を包み込んだ。火が消えれば、彼の姿はない。 「……雷蔵」 「お前なあ…」 「あれ、いたのかい二人とも」 大雑把にも程があるぞ、とあきれた様子の二人。いいじゃないか、兵助の元にいく手間を省いてあげたんだからさ。 普通に行けって言っても、彼はきっと逃げるだろう。怖がっているだけなんだ、自分じゃない自分の代わりにされるのが嫌で。 君は二人と居ないんだから、君以外君にはなれないって言うのにね。 いまはただ おもいたえなむ とばかりを ひとづてならね いふよしもがな → |