嫌なら振り払えば良い
嫌なら俺から逃げれば良い
まぁ、どちらにしても捕まえて放さねぇけど





きってうまでさねぇ
(もう、逃げんなって)





「ほら、早くしろよ」

「だ、だって」



顔を真っ赤にして、無理だと言い出す名前に再度促して、逃げないようにその手を握る自分の指先に僅かに力を込める



「イメージぶっ壊してまで助けてやったの誰だっけなー」



本当はイメージ何てどうだって良かったけど、きつく言い続ければ、観念したように恐る恐る近付く唇


それに応えるように、俺は自然と上がる口角を抑えながら目を閉じた・・・・・・のに



「・・・おい」

「っ、健司、別に口に、だなんて言ってないじゃん!」



(こんだけ期待させといて、口じゃないとか有りかよ・・・)


その唇が触れた場所は俺の頬
確かに、そこは一瞬熱を持ったけれど、どれだけ俺にキスするのが嫌なんだ、こいつ


そう思えば思う程、訳のわからない焦燥感に襲われる


屋上に流れる夏特有の生温い風が妙に気に食わなかった



「キスっつったら普通は口だろ?」

「そんなの、好きな人とじゃないと」

「・・・良いんだよ(お前が好きなんだから)



名前の手首をしっかり掴んで自分の方に引き寄せて、利き手の左でその後頭部を固定する


驚きを隠せないその瞳を見据えたまま、名前の唇を塞げば、不愉快だったはずの生温い風も、煩い蝉の声も気にならなくなった



「ん、ん」



角度を変えて何度も、ずっと触れたかったソレを堪能すれば、時折漏れる声にすら欲情するなんて


(あー、俺ってこいつ限定で変態になるのかもしれねぇな)


普通に触れるだけで止めてやるつもりだったのに、酸素を求めて薄く開かれた唇に、つい舌を捩込んでから気付いた



「は、」

「ごちそーさん」



ようやく開放してやった時に、目に入った糸に優越感を覚える


余程苦しかったのか、それとも余程良かったのか(出来れば後者希望)潤んだ瞳で名前が俺を睨んで、小さく"最低"って呟いた


バーカ、俺に抱きしめられた状態で身動き取れなくなっているせいか、俺の肩に顔埋めて、そんな事言っても説得力ねぇんだよ



◆◇◆◇◆



っていうのは昼の話
いやいや、ちょっと待て
俺が言うのも何だけど、昼はかなり良い感じだったよな?


時間が進んで部活の時間になっただけで、こんなにも変わる物なのか



「おい、名前」

「・・・あ、花形君。悪いけどドリンク運ぶの手伝ってくれないかな?」

「は?んなの俺がやってやるよ」

「藤真君は監督でもあるんだから、皆に指示でも出して下さーい」



見事に俺の話をスルー
昔っから名前は俺に従順だったから、こんな事は初めてだ


(何より、何だよ・・・"藤真君"って、ふざけんなよな)


ただ名前の呼び方が何時もと違うだけ
たったそんだけの事が無性にイラつく


(藤真君だなんて・・・俺の呼び方を一志や花形と一緒にすんなし)


それから選手兼監督の権力を使って、部活は地獄絵図


終了後には大の男達が倒れ込むくらいになった


けっ、ざまぁねぇな



「おい、名前・・・何、先に帰ろうとしてんだよ」

「げ、」



部活で八つ当たりしたお陰が、最初に比べて割とすっきりした


それをぶち壊すように、一人逃げ帰ろうとする名前の姿が視界の隅に映って


手を握って動けないようにしてやって、尋問開始


時折、"またな、藤真。マネージャーも"って声を受け流して、気付けば俺と名前の二人だけが残されていた



「名前、何、俺を避けてんだよ」

「別に、避けてなんか」

「いや、絶対避けてるね」



現に今、お前は俺の方を見ない
掴まれたままの手はそのままに、俺に背を向けたままでいる


(ふざけんな)


一向に俺の方を向こうとしない名前に痺れを切らして、後ろから抱きすくめるように、腕をまわす


小さく、放して、って声を名前が発したけれど聞こえない振りをした



「お前が、俺の事を好きって言うまで放さねぇよ」



(まるで俺ばっかりがお前を好きみてぇじゃねぇか。俺はこんなにお前の事が、好きなのに)


Title:確かに恋だった


END