思えば貴方が目の前に現れたあの日が本当の始まり
あの時私は、中々目の前の出来事を理解出来なかったけれど───




Red String
ACT02:驚きと目の前の現実





「うん、取り敢えず名前チャン、落ち着こうか」



妙に落ち着きを払っている声でそう言って、バイトの度に顔を合わせているコンビニの彼は、笑いながらまだ眠いのか、暖を取るように驚いて暴れる私を抱きしめた



「え、っと、一体何でお兄さんが此処に?!」



密着した身体に心臓がドクドクと暴れ出すものの、必死になって身体を離そうと身をよじる



「やだなー、名前チャン。何度も逢ってるのに他人事のように言っちゃってー」



(いやいや、そりゃあ仲良くなりたいとか思ってた事は認めるけど、実際ただの他人では・・・?)



「あ、でもそう言えば自己紹介まだだったかも・・・僕は白蘭」



彼は少し考えるような仕種をした後、いきなり自分の名前を名乗った



「・・・白蘭さん?」



白蘭と名乗ったコンビニの彼は、少しでも距離を取ろうと尚も暴れる私に「今、僕が話してるんだから暴れないでね」と優しいながらも拒否を許さない声色で続ける



「白蘭で良いよ、僕も名前って呼ぶし」

「・・・あ、はい」



やっぱり目の前の彼はコンビニの時と違って、威圧感があって拒否や反論は許さないって感じがして、素直に頷くしかない


───例え、それが予想外で簡単に頷く事が出来ない内容だったとしても



「でさ、此処で本題・・・突然だけどさ、名前───僕の事飼わない?」

「はい?」



でも拒否や反論が許されないとわかっていても、白蘭と名乗った彼の告げた急な一言に一瞬耳を疑った
(今、何て言ったの?)



「だからー、僕の事飼わないかって言ったんだけど」

「む、無理です!」



即答・・・ただでさえ今の状況が理解出来ていない私の脳内は既にキャパオーバーだから、命知らずとわかっていても、精一杯の否定を込めて首をブンブンと横に振る



「あれ?名前に拒否権はないんだけどな・・・だって先に僕を拾ったのは名前だからね」

「え?!私が拾ったのは真っ白な猫で」



そう言えば昨日拾ったはずの白猫の姿が見えない・・・何とか自由のきかない身体を動かして周囲を見渡すも、その姿はなく



「・・・ホント名前は鈍いね───その昨日君が拾った猫が僕なんだよ」

「?!ま、まさか、そんな馬鹿な・・・」



自身を指差しながら軽く笑う彼
確かに拾った猫の毛色は彼の髪の色と同じで、瞳の色も同じだけど、そんなお伽話みたいな事があるわけ───



「その顔は信じてないって顔だね」



戸惑ってマジマジと見ていると、小さく彼は・・・白蘭はため息をついた
その姿に何故か僅かにチクリと良心が痛む



「これを見ても信じられない?」

「っ、!」



そう言った白蘭の身体には、今までなかったはずなのに、自然に生えてるとしか思えない真っ白な耳と尻尾



「僕、こう見えても結構偉い立場でさ、命とか狙われたりするんだよね」



「だから、今回は仕事関係で僕に恨みをもつ人間から呪われたみたいで、気付いたら猫にされちゃってたんだよ」、と呟く白蘭の顔は哀愁漂っていて、私の胸は更にチクチクと痛む



「まだ呪いが安定してないのか、何時猫になったり人間に戻るかわからないし、万が一、変身するとこ見られたら一大事だし・・・こんな状態で命をまた狙われたらどうしようもなくてさ」

「・・・でも家族とか職場の人とか心配してるんじゃ」

「・・・こんな情けない姿を部下に見せろって?案外名前も鬼畜な事を言うねー。それに僕、住んでるのはイタリアなんだよね・・・今回はお忍びのつもりで日本に来てたから」



そう告げる彼の姿は淋しそうに見える
───チクチクチクチク



「僕の事はペットとでも思えば良いからさ・・・だから呼び捨てで構わないし、余計な気も使わなくて良いよ」

「うっ、」



再び淋しそうにそう告げた白蘭の声は次第に弱々しくなり、私の良心を限界まで刺激して



「・・・っ、私が拾ったのは猫の白蘭ですからね」



限界まで刺激された良心に、遂に私の中の常識が崩壊した


───でもそう告げると、白蘭の口が孤を描いたような気がする


そのまま私の頬に添えられる白蘭の指先



「・・・白蘭?」



一体どうしたのだろう、と白蘭の顔を伺うと、先程まで見せていた哀愁漂う顔や淋しそうな顔が嘘のように、すっきりとした顔で笑う白蘭の姿



「一度宣言したんだから取り消しは効かないよ?」

「え?」



(まさかさっきのは演技で、もしかして騙された?!)


気付いた事実は、私に頭痛を引き起こし、



「これからよろしく、ご主人様?」



そのままペロッと舌で唇を舐められて、続いた言葉に目眩がした



(い、今、ペ、ペロッて・・・!)

(それくらいするよ───だって僕、猫だから)


END