「はあ、はっ、――ッ、」


拳を握れば、じとり、嫌な汗をかいてる。腰に携えた鉄双節棍がいつもよりずっと重たい。血生臭い。

――あの時歪んだ顔をした黒にも、愛する人がいて、守るべきものがいて、還る場所があったのだろうに。骨が軋む音が頭から離れない。
こんな事じゃ、やっていけないというのに。


「……くっそ、」


悔しい。こんな筈じゃなかった。
初めて人間が怖いと思った。殺すという事が、重たい事というのは頭では理解していたつもりだったのに。積もりでしかなかったんだ。情けねえな。指先が震えたんだ。畏れから。
でも一番怖いと思ったのは、それに慣れてしまうだろう自分の望む行く末に、だった。


見覚えのある屋根瓦が目に入る。やっと着いた。俺は、還れた。還る事の出来なかったあいつはあの土の上、独り冷たくなっているだろう。思いを馳せたりなど、しない。
むかむかと胃が気持ち悪い。吐き気が蠢くが、とにかく今は返り血を洗い流したかった。この生臭さを纏って学園で誰かに会うのは、とてもとても善くない事だと囁かれた気がした。

ばしゃばしゃと井戸の水を出鱈目に頭から被る。冷てえなあ。生きてんだなあ。死を間近で見たからか、感情が揺らいでいる。しかしどうして、血が拭いきれないのか。


「くそ……っ」
「食満くん?」


反射的に振り返る。解いた髪が頬に張り付いたが、その隙間から見えるその人は、ああ。どうしてこんな所にいるんだ。

お前だけは、惨い俺をどうか見ないでほしかったのに。




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