「先生? ぼうっとして、どうかされましたか?」
「あ、いや、別に何でもないよ」
「そう。ならよかった」


ふわり微笑む彼女は、さてこんな風に笑っていただろうか。私の知るハルは、もっと、それこそ一年は組のような初夏みたいな笑い方をする人ではなかったろうか?


「ハル、君こそどうしたんだ?」
「どうとは?」
「なんだか別人のようだと」


まさか、と言って彼女は口元に手を添えて可笑しそうにくすくす笑った。それから一拍置いて、「あたしはあたしです。あなたが好きな、ハルですよ」と私を見上げた。知らない女みたいな色気が出た彼女に対して、思わず苦無を握りしめたくなっていた自分がいた。


「……そうか。私はこれから委員会があるから失礼するよ」
「はい先生。また食堂でお待ちしております!」
「……ああ」


ふと、いつも通りのハルに戻った気がした。幻術でも見ていたかのような、そんな妙な浮遊感だけ残される。背後では彼女が私の去る姿を見ていた。振り返らずともそれくらい、簡単に気取ることができるさ。
もしかすると、本当にハルは私に恋慕を抱いているのかもしれない。誰だって人に好かれるのは嬉しくなるだろう。だが、それを手放しで喜べない何かが引っ掛かっている。


(――ああ、雷蔵にはひどいことをしてしまったな)


あの時、彼は何か言いたかったのだろうに。可哀相に背を向けるしかなかった。
意外だったのは、雷蔵がハルに恋慕していたことだったが。





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