なにかと理由をつけて妻を愛でたいのは当たり前




「郁」
「…なんですか」
「郁……」
「だ、ダメですよ」


ー篤さんが、甘えてくるようになったのは、いつからだろうか。

いや、よくよく考えてみたら付き合い始めた頃から甘えていたような気はする。
けど、少し前からーーそう、堂上家の第一子を出産してから、ひどく甘えてくる。いつのまに我が家には子供が二人になったんだ、ってぐらいに。


必ずあたしと同じ空間にいないと、
必ずあたしに触れていないと、死んでしまうのか、というくらいにべったりあたしにくっついてくる。

ーー本当は、それがとても嬉しいのだが…さすがにこれは、三十半ばも越えた一児の父としてはまずくないのでは?





「もう、篤さん!どいてください!」
「嫌だ」
「どいてくれないとご飯が作れません」
「俺が作る」
「だめです!あたしは今、は育児休暇中なんですから!家事は全部あたしがやるんです!」
「お前は、育児で疲れてるだろ。ゆっくり休め」
「そういうわけにもいかないんです!」
「いいから、俺に甘えろ」
「で、でも…」
「お前が頑張っているのはわかっている。だがな、たまには甘えて欲しいんだ。俺は郁の夫なんだから、そう思うのは当たり前だろ?」
「…ここ最近は甘えっぱなしなくせに…」
「可愛い嫁に甘えて何が悪い」
「か、かわ…!?」


また!この人は!!
そりゃ、篤さんは昔から、しょっちゅうあたしに対し「可愛い」と言ってくれた。でも、最近多過ぎないか?今日の朝も、何度も言われた気がする。


「…そんなに褒めても何も出ませんよ」
「褒めてるつもりはない。可愛いと思ったから、可愛いと言ったまでだ。」
「っ、篤さんのたらし!」
「郁限定だ、馬鹿」
「……そ、そろそろお乳の時間かなあ〜」


もう勝てないとわかったら、さっさと子供のところへ逃げるに限る。このまま、篤さんの思い通りになってたまるか!

そう思い素早く腰を上げたが、どうやらもう完全に手遅れだったみたいだ。ーー篤さんにがっしりと、足首を掴まれてしまった。



「ーどこに行くつもりだ、奥さん」
「だ、だから…子供のところへ…」
「さっき授乳には行ったばっかだろ」
「…お、オムツ替えようかなー?」
「それは俺が替えといた」


ああ、駄目だ。もう逃げることはできない。



「ーそれに、今日は郁の日だろ?」
「はい?」


いくのひ?
イクノヒ?
…郁の、あたしの日?


「…どういう意味なのよ、それ」
「今日は11月19日だろ?だから、【イイ郁の日】なんだ」
「…言ってる意味がよくわかりません。」
「要約すると、郁を愛でる日なんだよ」
「もっと意味がわからないから!!!」



そう叫び、しまった!と、自分のミスに気がつくがもう遅い。

ニヤリと笑う篤さんに、背中になにかが走る。


「意味がわからないのなら、俺がじっくり、教えてやるからな。安心しろ」
「っ、うう〜」
「暴れるな。大人しくしてろ」
「…篤さんにこうやって、ぎゅっとされるのは好きなんだけどなあ…」
「…何が不満なんだ?」
「…あたしは、こう…ぎゅうーっと抱きしめられるだけで幸せというか充分と言いますか…とにかく!それ以上はそんなにいらないの!」
「それは、完全に生殺しだろ…。俺としては可愛くて仕方ない嫁さんを堪能したいんだ。…それなのに、最近お前、俺に構ってくれないだろ。郁の日ぐらい俺に構え」



っーーこの人は!!
だからどうして!いきなりこんな、素直になるの!?
最近の、しょんぼりとした顔や拗ねているような態度は、あたしが子供にかかりっきりだったからか!あんたは子供か!ーーでも、可愛いと、思ってしまうあたりあたしは重症だ。


今も、固まっているあたしを他所に篤さんはあたしの額に、頬に、鼻頭に、キスを落としてくることも、本当は嬉しくて堪らない。

結局、あたしは篤さんにベタ惚れなのだ。



いつもの篤さんのように開き直り、篤さんのキスに答えようとしてーーーー






「ふえ…う、…うえええええええええんっええええん!」






ぴたり、と、それは面白いくらいに動きが止まる。

篤さんが、嘘だろ、と呟いた。

たしかに、そう言いたくなる気持ちは、わからなくはない。だって、夜泣きはかなりおさまってきていたのだから。
最近まで、この時間に泣くことはなかった。



大切な息子を、泣いたまま放置なんてできるわけがないので、あたしはすぐさま【篤さんの奥さんモード】から【お母さん】モードへと切り替え、泣いている息子の元へと向かった。



ーーやっぱり、( ´ ・ω・ ` )というような顔をした旦那様に後ろ髪を引かれながら。







END



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