白雪 U | ナノ
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邂逅


真紅の瞳が、蜂蜜色の瞳を射抜く。
宝石の色、炎の色、血の色。如何様にも例えられるその眼を見た時、ふと京都はデジャヴを感じた。
――眼の色どころか体格も表情も、背景だって違うのだがな…
あの日、月夜を背に自分へ銃口を向けて嗤った男。片方しか見えない緑の眼を光らせたあの男がフラッシュバックする。
何もかも違う男二人。にも拘わらず何故こうも似ていると感じるのか。

それはやはり、その瞳が原因だった。
怒り、嘲り、そして…別の何か。
何一つ知らない男の全てがその瞳に凝縮されてるような、そんな気がした。



邂逅



「次!七の型」
「――繁吹き雨」

あさり組道場に掛け声が響く。
その声を合図に、数本の巻藁が輪切りになる。
切られた藁は弾かれたベーゴマのように、少し回転しながら床に転がった。
切った当人である少年は、その巻藁の後ろで屈んだまま刀を構え直した。
スクアーロ襲来から5日。山本家では今、時雨蒼燕流の型の伝承がひっそりと行われていた。

「次!八の型」
「――篠突く雨」

師の父・剛の掛け声と共に、弟子の息子・武が新しい巻藁へ突進する。
手にした刀を上へと払うと、藁は箒のように縦に切り裂かれた。
その様子を静かに見ていた剛は、ゆっくり低い声で「終わりだ」と告げる。

「教えることは何もねえ」
「待てよオヤジ!終わったって…たったの一回型を見て真似ただけだぜ?」
「師から弟子へ型の伝承は一度きり…これが時雨蒼燕流の掟だ」

時雨蒼燕流の剣術はその危険さから、気と才ある使い手が途絶えた時には世から消える事も仕方なしとされた滅びの剣である。
故に門下生を募らず、稽古の時は世間から隔離し、剣技の伝承は一度きりとし、情報の拡散を防いできた。
それを聞いて武は背筋が冷えるのを感じた。もし間違って覚えていたら…――

「武、おめーにこの剣をモノにしたい真剣さと気迫があるなら忘れちゃいない筈だ」

剛の一言にはっとなる。
次いで思い浮かぶのが、嗤う銀髪の剣士、傷付き倒れる獄寺、涙目の綱吉、リボーンの厳しい言葉。
そしていつも自分達を後ろで見守る少女…自分の理想の剣士像だった。

「それもそーだな。んじゃ、オレなりにやらせてもらうぜ」
「おうよ、八つの型の中に時雨蒼燕流の奥義の全てがある。弛まぬ鍛錬があれば、必ず答えてくれる筈だぜ」

そう言って道場から出ようとする剛に今度は疑問符が出る――オヤジ、何でオレが剣道やりてーか知ってたっけ?
問うと、父も自分と同じ年齢の頃に受け継いでおり大体想像がつくと言う。
「野暮なこたぁ聞かねえよ、頑張んな」と付け足す父に(つわもの)としての大きさを感じ、武は90度に体を傾けた。

「ありがとうございました!!」
「おうよ!そんじゃ先に帰るぜ」

「今日の夕飯はチラシだからな」と笑う剛は、もういつもの父の表情に戻っていた。
道場の戸に手をやる父に「楽しみにしてるぜ」と返して見送ろうとした。

「うぉっ!ビックリした、京都ちゃんか」
「京都…?」

戸を開いて現れたその顔は、ぶっす〜と擬態音が聞こえてきそうな膨れっ面。
ドスドスと足音強く道場に入った制服姿の京都。
その顔のまま竹刀を取り、何時ぞやのように靴下を脱ぎ出した。

「一本付き合え」
「え?」
「いや、十本付き合え」
「おいおい、どうしたんだよ京都?」
「どうしたもこうしたもない。あのバカラス、私から刀を取り上げおった。剣も弓も槍も稽古なしでいい加減禁断症状が起きる」

何時もより早口になりリボンと伊達眼鏡を乱暴にむしり取る様子から、よっぽど剣を触れていないらしい。
剣術のエキスパートが剣を持てず、野球一筋だった自分が連日剣の稽古をしてるなんて奇妙な話である。
急かすように竹刀を手にバシバシ当てている京都を見て、剛は笑いながら道場から出て行き、武は得物を竹刀に取り替えて駆け寄った。


   *  *


カアカア。ガアガア。
夕暮れの空に烏が群れを成して飛んでいる。
スイートルームの窓から聞こえる鳴き声に、ビゾラは読んでいた漫画を閉じて耳を傾けた。
今日も修行で京都をこてんぱんにした彼女は、ディーノの宿泊している一室に無断で忍び込んでいた。
本人がいないのをいい事にシャワーを使いルームサービスで食事をして大きなベッドに寝転んで寛いでいたが、徐々に大きくなる鳴き声に徐に上体を起こした。

ベランダの窓を開けて外へ出ると、一羽の大きな烏がビゾラの元へ舞い降りる。
ビゾラが腕を差し出すと烏は彼女の手首に留まりカアと一声。その頭上でも仲間であろう十数羽の烏達が、何かを訴えるように順々に鳴いている。

「caw, caw」

英語で鳴き声を返し嘴の付け根を掻いてやると、満足したのかビゾラの手首から飛び立ち仲間の元へ戻って行った。
夕陽に向かって小さくなっていく群れを見送って、ビゾラは窓を閉めるとジャケットを羽織った。
小さなトランクを小脇に抱え、備え付けの電話の受話器を取る。連絡先は数十分前まで一緒に居た一人の少女。

「…よう京都。連中が動き出したぜ」
「…ま、想像の範囲内の早さだな。オレの仲間の話じゃ、下っ端が今町ウロついてるってよ」
「…オレはいいや、今会ってもめんどくせーだけだし。とにかくパトロールよろしく」
「奴ら指輪狙って何するかわかんねーぞ。マフィア関係者なら女子供でも容赦しねーからな」


宿泊主が帰って来たのはそれから数分後の事だった。
チェックインした時と同じ掃除の行き届いた部屋だったが、ベッドの中央に黒い羽根が一枚乗っているのを見付け首を傾げたという。

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