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パティシエヘンゼル 3

清潔な病室。テーブルに置かれたリンゴの兎。
窓際から順に獄寺君・俺・山本と一列に並んだベッド。その上で正座している俺達。
その向かい側中央、つまり俺の真正面のベッドに腰掛けている姉ちゃん。その顔はとても朗らか。
…おわかりいただけただろうか。

「君らさ、自分が何歳か知ってるよね?」

そう、姉ちゃんは今とても怒っている。
黒曜での戦いが終わり病院に運ばれた俺達だったけど、適切な治療のお陰で筋肉痛だけの俺は勿論酷い怪我だったみんなも一日もすると意識は回復した。山本も試合には間に合うとのことで一安心してたら般若登場…間違えた、姉ちゃんが面会に来た。お見舞いのフルーツセットと一緒にサバイバルナイフを持って。一瞬にして静まり返った病室に悠然と入って来た姉ちゃんは、俺達に向かい合うように座りそのナイフでリンゴを剥き始め、優しい優しいトーンで「正座」と一言。
そして冒頭に至る。ちなみに姉ちゃんの両サイドのベッドではそれぞれビアンキ・フゥ太が寝ていて、リボーンは姉ちゃんが座っているベッドで鼻提灯を作っていた。このやろう。

「14だよ14、まだ義務教育途中の子供だよ?学校からの出歩くなってお達し無視してこのザマとか、当然の報いとしか言えないんだけど。日本に警察って組織があることくらい知ってるよね?」
「…で、でもフゥ太が人質に」
「それこそ君らの出る幕じゃないでしょーが。さっさと通報して家で待機するのが常識の対処なの。この死神が何吹き込んだか知らないけど、もし失敗したら大勢が迷惑してたって自覚ある?子供数名の力と国家組織の力、どっちの方が有力か判らない程馬鹿じゃないよね」
「あのな!相手は裏社会の指名手配犯だぞ!サツ如きが倒せるわけねーモガッ!」
「倒せなくても、お前らに近付けないようにはできる。他国と連携して公表することもできる。たかだか一マフィアの後ろ盾があるだけで大人ナメんなクソガキ」

兎リンゴを大量に口に捻じ込まれ黙らせられた獄寺君。彼にとって姉ちゃんは「10代目が姉と慕ってるけど血の繋がりはない年上の女」という微妙な立ち位置らしく、母さんに喋るみたいに敬語は使わないけど、こういう時に頭が上がらない。
獄寺君が頑張ってリンゴをモグモグしてる間に姉ちゃんは山本に矛先を変えた。「野球できなくなったらどうすんだ」云々の説教に、山本は「ウス」「すいません」と完全に対監督モードだ。そして次は俺。つい、と向けられた視線に思わずビクッとなる。

「奈々姉ちゃんが凄く心配してた。誤魔化すの大変だったんだよ?嘘吐くの自体心が痛むし」
「…ごめん」
「死神から事のあらましは聞いた。作戦成功して強くなれたってのは飽くまで結果論でしょ。ちゃんと行動しろとは言ったけど、無茶していいって意味じゃない。きちんと考えた上で助けを求めるのも立派な行動だから」
「…うん」
「…本当に困ったら姉ちゃんにも相談してよ。ツナの考え抜いた結論なら全力で助けるから」

何時もならここで頭を撫でるか抱き締めてくれる姉ちゃんの手は、今回は俺達にリンゴを手渡すだけ。それでも向けられたその手をつい見詰めてしまう――この優しい手が、殺人鬼2人を…きっと瞬殺したんだ。

――――――――――
―――――――
―――――

『あ、これカメラ?これカメラ?えーと、厳正なコイントスの結果、犯人に向けてメッセージを残しまっす』

映像が真っ暗になりバスケットボールがバウンドするような音が聞こえたかと思うと、レンズ部分を指でつついてる姉ちゃんの顔が再び映し出された。全身は見えないけど怪我はなさそうだ。というより何事もなかったみたいで寧ろ不気味だ。
実は真っ暗になってる間にバーズは倒しちゃってて犯人サイドの人は誰も見ていない。山本の「陽菜先輩ハズレなのなー」って言葉にみんなでちょっと笑ってたけど次の瞬間、全員の顔が固まった。

『随分ナメたことしてくれんじゃん。その子に手を出したらどうなるか、裏の人間のクセに調査が足りてないんじゃない?』

誰だこれは。

言葉遣いは何てことない。何時もより少し荒いくらい、リボーンに言ってる時よりよっぽどソフトなのに。表情だって普通だ。ランボを叱る時の怒り顔でも黒い笑顔でもない、至って真顔なのに。
何だ、この寒気は。
カメラ越し、しかも俺達に向けられた言葉でもないのに、冷たい何かが一気に背中を駆け上がった。知らない。こんな人、知らない。

『大事なものは巣に貯め込む主義でね、寄って来る虫ケラは全員食べちゃうんだわ。それを踏まえて、私流のストレートな意味でこう言わせてもらうね』

カメラがやや姉ちゃんを見上げるような角度になっていて威圧感も増幅される。緩やかに風が吹いたみたいで姉ちゃんの髪が靡く。チラッと見えた首元に残る、痣。
まるで蜘蛛みたいな形のそれは、昔から時々本物に見えてちょっと怖かった。
でも今はそれよりも、

『“我々は何ものも拒まない。だから我々から何も奪うな”』

姉ちゃんの身体から、何かが溢れ出ている。
煙でも湯気でもない。姉ちゃんの周り数センチが陽炎みたいに揺らめいている。
何だ、あれ。

『この町には私みたいな人ごろごろいるんだわ。もう少ししたら団体でそっち行くから、項洗って待ってな』

ぶちっと音を立てて通信が切れる。姉ちゃんの様子からして、あの殺人鬼はもう…
あの後確認するとあの陽炎はみんなには見えなかったらしい。リボーンでさえ見えないあの陽炎の存在が、姉ちゃんを別人と見間違わせているのかもしれない。けどどうして俺だけ見えるんだろう。
その答えは案外早くやって来た。


   *  *


「お兄ちゃん、連れて来たよ」

南並盛高校の文化祭に来ていた時だった。
姉ちゃんはどんな手を使ったのか、獄寺君と山本だけじゃなく母さん・京子ちゃん・お兄さん・ハルに沢田家の居候達全員分という大量の入場券を用意してくれた。飾り付けは豪華で屋台のレパートリーも多くてライブも本格的で、流石高校って感じでみんな大興奮。招待してくれた姉ちゃんのバンドも、聞いたことのあるアニソンを繋ぎ合わせて次々に演奏してて、まるで指が鍵盤で踊ってるみたいだった。
ライブを終えた姉ちゃんに会いに行ったら俺だけVIP席に招待するって言われて、みんなには悪いと思いながらついて行った。この時リボーンについて来るなって釘を刺してたのはご愛嬌ってことで…。
でも通されたのは視聴覚室。倉庫代わりになってるみたいで段ボール箱が目立ってて、VIPどころか飾り付けもされていない。
そこにいたのは俺もよく知っている男の人。姉ちゃんの実のお兄さんで並中の教師。歳が離れている所為かこの人から漂う雰囲気の所為か、俺はこの人を姉ちゃんに言うように兄とは呼べずにいる。

「学校以外でこうして面と向かって話すのは久し振りだね、綱吉君」
「ご、ご無沙汰してます……クロロ先生」

学校では着崩したスーツ姿のクロロ先生は、今は厳ついファーコート姿。前髪もオールバックになってて、おでこにある十字型の傷跡が顕になっている。読んでいた本を閉じて、真っ黒の目で俺を上から下まで探るように見詰める。

「ヒナから聞いたが、先日は大変だったそうだな」
「えっ?あ、はい…」
「その様子だと覚醒したというのは本当らしいな。変化系、いや放出系か…水見式はやったのか?」
「お兄ちゃん、そもそもその話まだだってば」
「みずみ…?え、覚醒って?」
「視えるんだろ、これが」

徐にクロロ先生が立てた人差し指…から溢れているのは、前に姉ちゃんの時に見た陽炎。もわもわと形を作っていくそれを見て「…13?」とぽろっと呟く。そんな俺に先生はゆるりと口角を上げ、姉ちゃんは眉間に皺を作った。

「ボンゴレと…いや、マフィアと俺達には、何か縁があるのかもしれないな」
「ねっ、姉ちゃんもしかして…!」
「私の知り合いはほぼみんな知ってるよ。箝口令なかったし」
「綱吉君。これからヒナの、俺達の過去を話そうと思う。これには箝口令を敷く。友人にもあの家庭教師にも、奈々さんにも秘密だ」

つまり俺だけ。ずっと一緒に生きてきた筈なのに、姉ちゃん達にそんな重要な過去があったなんて知らなかった。思わずゴクリと唾を飲んで頷く。
この部屋に来てから難しい顔をしっ放しの姉ちゃんを余所に、先生は持っていた本を俺に手渡してきた。本のタイトルは『巨人伝説』――姉ちゃん達のお父さんの著書だ。

「これについて、君は知ってるか?」
「え?えっと、人類が巨人によって絶滅寸前に追い詰められるダークファンタジー、ってだけ…」
「……ファンタジーじゃないの」
「え?」

「その本はお伽話じゃない。覚醒した俺達の父が書いた“記録”だ」


――それは、あまりに残酷で悲しい記録だった。
それからどうやって家に帰ったかは覚えていない。その記録は俺が受け入れるキャパを遥かに超えていて、暫くの間悪夢に魘される事になる。



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最後のページだけやたら長くなった…黒曜編終了です。
続いてリング編さくさく行きます。


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