白雪 | ナノ
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3


夏のシチリアに雪が降った。

イタリアマフィア界に広まったこの噂は、勿論気候の事ではない。雪の称号を持つ者がマフィア界に現れたという事だ。
戦場には場違いな程美しく、白い雪。仲間を勇気づけ、敵を恐怖に陥れる雪崩。放たれる剣撃は吹雪の如く、鋭く凄まじい。
白い肌に血を浴び黒髪を靡かせたその姿は、さながら戦場に立つ白雪姫。
この雪が大ボンゴレに所属しているらしいとの事で、敵対ファミリーを震え上がらせている。

『…ちっ、面倒だなぁ…』

無論プライドにもその噂は届いていた。自分と同じ剣使いらしい。
会ってみたい気もする。どうしても先日会った少女の顔が思い浮かぶからだ。
だが、今そういった他事は任務の邪魔でしかない。新たな脅威が自分の敵対する所にいるともなれば尚更だ。
その日プライドは、行き付けの武器屋に用意させていた物を取りに行く途中だった。
もうすぐ大きな任務が待っている…今まで生きてきた中で、最も大きいであろう任務が。
その任務に備えて、新しい武器を新調しに行っていたのだが…――

「!」

幸か不幸か見付けてしまった、気に掛けていた少女。左腕で紙袋を抱えて前方を歩いている。
目的地はないようで、あちらこちらの店のショーウィンドウをぶらぶらと見て回っている。
当てがないなら…それなら…

『よぉ"』
「!」
『また会ったなぁ、ミツバ』

軽く肩を叩くと振り向き、自分を見て少し目を見開く彼女。数日振りに見たその容姿に、自分の中の何かが騒ぐ気がした。
慌てて顔から視線を外して紙袋を見遣ると、その中には色とりどりのお菓子。更に彼女の右手にはジェラートが握られている。

『またンなもん食ってんのかお前は。太んぞ』
『出会い頭に失礼な奴だな。食べた分運動はしている。何の為に私が街に来ているのか知らんのか』
『知るかよ』
『糖分摂取だ』
『胸張って言えた事じゃねぇぞぉぉ"お!』


――――――――――
―――――――
―――――

『何処に連れて行く気だ?』
『いいから黙って付いて来い』

あれから5分、京都はプライドと共に人気のない住宅街に来ていた。
「面白い場所に連れて行ってやる」と言うプライドに、親切心なのか強硬手段なのか荷物を取られたのが事の発端だ。まぁいざとなれば斬り伏せて逃げればいいという半ば甘い判断で、大人しく彼の後に続いて今に至る。
しかしそれからずっと、プライドが歩いていくのは薄暗い道ばかり。本当に面白い場所などあるのだろうか。京都が本格的に疑い始めた頃、漸くプライドの足が止まった。その前には看板が酷く錆びれた小さな店。

『ここだぁ。入れ』

中は薄暗くて、何があるのかよく解らない。この男、実は自分を狙っているのではないのか。
怪しむ京都と余所にプライドは店の戸を引き、中に入るように促した。強引なのか紳士なのか解らない男である。
彼の気配に注意しながら中に入ると、ブォンと古臭い音がして店に明かりがついた。

『おお、お前さんかい。顔を見るのは久しぶりだの』
『よぉ"ジジイ。頼んでたもん、取りに来たぜ』
『ちゃんと出来とるよ…おや、初めて見る顔もおるな』

奥の階段をギシギシ鳴らせながら下りて来たのは初老の男だった。白髪交じりの黒髪で、丸眼鏡の奥に青い眼が見える。
この店の常連らしいプライドと親しげに話していたが、京都の姿を見付けると興味深げに眼鏡を掛け直した。

『俺が連れて来た。俺と同じもんを使うから、ここに興味を持つと思ってな』
『そうかい…嬢ちゃん、好きに見ていくといい。珍しいもんも揃えとるぞ?』
『珍しいもの?というか、ここは一体…』
『何じゃお前さん、何も教えずに連れて来たんかい?』

頭上に疑問符を散らす京都を見てやれやれと溜め息を吐く男。彼女の背中を押して店の奥に連れて行くと、また古臭い音と共に明かりをつける。
明るくなったレトロな部屋を見て、思わず京都は息を飲んだ。
四方八方、視界を埋め尽くす、剣・ナイフ・槍・矢――様々な刃物。

『ここは刃物専門の武器屋。あの男と同じ獲物を使うなら、まぁ嬢ちゃんも好きじゃろ。望みのもんがなければ作ってやるぞ?』

そう言う武器屋の声も何処か満足そうなプライドの顔も、今の京都には見えも聞こえもしなかった。
眼前に広がる鋼の森に視界を奪われ、他の神経も全て視覚に注ぎ込まれていた。
取り寄せられた物、此処で作られた物。日本では滅多に見られない外国独特の形の物。勿論日本の物も存在した。
武器屋に行った事はある。ここよりももっと沢山の武器がある所にも行った事がある。
だが京都は、色も形も全て異なる武器が所狭しと並べられた、この空間そのものに圧倒されていた。

『気に入ったかぁ?』
『…ああ、凄いな此処は…』
『年頃の娘がこんな所を気に入るとは…』
『華がないというか、変わり者というか…まぁそんな所を、俺は気に入ったんだけどなぁ"』

変わった形の剣を手に取ってじっくりと見詰める京都。隅から隅まで舐めるように見ている。
プライドはそんな彼女を眺めながら不思議に思っていた。彼女ではなく、自分を。
素性も知れない、もっと言えば敵かもしれない人間を、自分の行き付けの店に案内するなんてどうかしてる。
何時か、その手にした剣の矛先が自分の方を向くかもしれないのに。
その凛々しくも愛らしい表情をもっと見たいと思う自分が、不思議でならなかった。

『プライド、此処は面白いな。私も此処を利用していいか?』
『…てめぇの好きなようにしろぉ"』


   *  *


その日以来、京都とプライドが会う回数は増えていった。
偶に任務に駆り出される事はあるものの、基本的に京都のイタリアでの生活は修行三昧の日々だ。
昼食の時間に例の喫茶店に足を運ぶ事が、最早習慣になっていた。その中に、プライドとの談笑も加わった。
毎日ではないが、自分が昼食を取っていると約束もしていないのに彼がやって来て平然と京都の前に座るのだった。

『お前何時も此処に来るなんて暇人だな。ニートか?』
『失礼だなおい。お前と同じで、昼を此処で取ってるだけだ』

始めこそ嫌がる素振りをしていた京都だが、実の所そんなに不快ではなかった。
剣使いという共通点もあってか話が合う事もあり、会話をしていて退屈も感じなければ鬱陶しくも思わなかった。
プライドは普通に接していればただの好青年だ。短気な上に、怒らせると拡声器要らずの大声が炸裂するが。
ドアを開けたり道路側を歩いたりと、注意して見れば紳士的な事をしてくれていたりするのだ。そして…――

『それに、お前もいるしな』
『?どういう意味だ?』
『お前とは話が合うからな。一緒に居ると落ち着くんだぁ"』

無自覚の口説き文句。
本人としては親しい間柄への素直な気持ちだったのだろう。京都も最初はそう認識していた。
しかし、最近はどうしてもそうはいかない。

『…そうか。明日も来るのか?』
『おう、また会えるといいなぁ』

プスリ。
針が心臓を突いたような、小さな痛み。最近彼と話すと感じるようになった痛みだった。
さっきのような口説き文句や笑顔を見ると、その痛みがじんわりと体中に広がっていく。
正体が何なのかは解らない。しかし、決して不快ではない痛みだった。

8月に入って数日。京都のイタリア滞在期間は、残り約2週間に迫っている。



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いい感じの偽名思い付かなくてそのまんま…
今ならカッコいいのあるのに。エスカノールとかゴウセルとかメリオダスとか。
読んだことないから全然知らんけどね!

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