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Arabasta Kingdom


黒ずきんと鯨と春嵐

青い海。白い雲。空は快晴。風はなし。巨大な目玉。

「……は?」

嵐が突然止んだと思ったら地震のように船が大きく揺れ、激しい水音と共に船と同じくらいの大きさの目玉が船の下に見えた。
恐る恐る辺りを見渡すと巨大な魚、ヘビ、カエル、エトセトラ……その魚の鼻の上に乗るメリー号。
海面から高く持ち上げられ、映画でしか見たことがないサイズの魚型の怪獣達に囲まれていた。
ここは無風の海域、凪の帯。そして――

「海王類の……巣なの…大型のね…」

ナミの説明に誰も反応できず絶句する。
人間でいうと小バエ程度の大きさしかない船のことなど気にも留めていない海王類は、次々と海中に戻っていく。
しかし船を鼻に乗せていた一匹はむず痒かったようでくしゃみを一つ。海王類にとっては小さくとも、人間サイドはたまったものではない。

「なにいいい〜〜〜!?」
「振り落とされるなァ!」
「ぎゃあああ後方からでっかいカエルうう!」
「ウソップが落ちたァーっ!」
「ウソップーーっ!」

くしゃみの風圧で吹っ飛ぶ船にしがみつき、気絶しているウソップを食べようとする巨大ガエルを躱し、メリー号は嵐の中へ戻ってきた。
叩き付ける雨で全身ずぶ濡れになるのも構わず一味は全員寝そべった。巨大怪獣の巣窟より嵐の方が何百倍も安全だ。

「わかった…やっぱり山を登るんだわ」
「まだ言ってんのかお前そんなこと」
「それって海王類より安全?」

ナミの推測によると、四つの海流が山の頂上でぶつかり偉大なる航路へと流れ出るようになっているらしい。けれど相手は自然の力だ。うまく舵を取らなければ山に衝突して大破・沈没の未来が待っている。
そして行く手を遮る山は海王類より巨大だ。

「これが…赤い土の大陸(レッドライン)…!」
「雲でてっぺんが見えねェ!!」

命の危機と隣り合わせの冒険がこれから始まる……恭はゴクリと唾を飲んだ。



命の危機は早速やってきた。

「俺の特等席に…何してくれてんだァ!!」

無事に赤い土の大陸を渡ったはよかったが、その先に壁のように聳えていた海王類に負けない巨大な鯨。山との衝突を回避した際に舵が折れているため絶体絶命のところへ、ルフィが巨大な鯨に大砲を撃ち船の大破は免れる。
けれど新たな危険を呼び寄せただけのため、鯨が船に気付いてない内に通り過ぎようとしたところへルフィの怒号。船首が折れた怒りを鯨へぶつけたようだが、船首の破損の原因はルフィ本人である。
絶叫する一味。こちらを向く鯨の目。

―リゾットさん、私割と早い内にそっちに行くかも……
海王類より間近で見えた巨大な目玉に、恭はちょっぴり人生を諦めかけた。
そして一味は船ごと鯨の口の中へ……


   *  *


鯨の胃の中に家を構えていた医者・クロッカスと出会い、鯨の過去を知ったルフィが船のマストを折って喧嘩してまで暴走を止めさせたことで、ようやく事態は収まった。
ルフィは今、古傷の残るラブーンの頭にドクロを描いている。昔の仲間を思ってまた壁に頭をぶつける事がないように、自分との再会の約束を忘れないように。

「ぶお」
「うわっ」

一人みかんの木の近くでボロボロになってしまったマストの帆を繕っていると、すぐ背後で鳴き声が聞こえて恭は肩をビクつかせた。
振り返ると鯨の――ラブーンの目が恭の方を向いている。この鯨にとっては小声でも、身体が大きい分人間の耳には汽笛のようだ。
さっきまで自分の頭に刺さっていた物を見ているのか、それをちまちま直している人間を見ているのか、瞳が大きくて視点が解らない。

「ていうか、ペンキ頭に塗られて痛くないん?」
「?」
「おい!あんまり動くな!ズレちまうだろ!」

遠くからルフィのプンスカ怒る声が聞こえる。生身にペンキを塗って大丈夫なのか心配していたが、当のラブーンは寧ろ楽しそうだ。胃に絵を書かれたり通路を作られたり体内も散々いじられているから今更なのか。
この大きさの鯨であれば完成にはまだ時間がかかるだろう。仲間たちもクロッカスと話したり船を直したりと、赤い土の大陸を越える前に比べれば穏やかな時間を過ごしている。

「…〜〜〜♪」

恭も少し肩の力を抜いて作業を再開し、ふと口から小さく歌が零れた。誰に聞かせるつもりのない歌声は甲板や船の外にいる仲間には気付かれず、聞こえたのは人間より優れた聴覚を持つ鯨だけだった。
帆の修繕が終わり恭の歌が途切れると、ぶお、とラブーンが小さく鳴く。帆ではなく自分を見ていると、今度はなんとなくわかる。敵意がないとわかった途端、この大きな目が可愛く見えるのだから不思議だ。
腕を伸ばしてラブーンに触れてみる。岩のようにゴツゴツとしているのに手を当てているとじんわり生温い、生きているとわかる身体だった。

「残されるのって辛いよな、ラブーン」
「…」
「……独りぼっちは、寂しいよな…」

クロッカスからラブーンの過去を聞いて、恭はふと自分を重ねて見てしまった。
仲間に置いていかれて、何もできないまま独り取り残されてしまったもの同士。ルフィに出会えなければ、過去に縛られたまま命を落としていたかもしれないもの同士。そう考えるとルフィとの出会いは奇跡なのだろう。

「お互い、新しい生きる意味が見つかってよかったな」
「ぶおぉ」
「できた!!」

遠くから命の恩人の明るい声が聞こえた。既にラブーンは恭からルフィへ視線を変えている。目を凝らすと全身ペンキ塗れのルフィが見える。あれは嫌がられても絶対にシャワーを浴びてもらわねば。
たった数十秒でも鯨と会話するという不思議な体験に恭は小さな高揚を覚えて船を降りた。

「恭ちゅわ〜〜ん!一緒にゲットしたエレファント・ホンマグロ、美味しく出来上がりましたよー!」
「はーい!」


   *  *


「ウソップのあの雪像ってさぁ、カヤさんに似てへん?」
「えー?やっぱりそういうことなのかしら〜」
「聞くのは野暮かなーって思ってるんやけどさ〜」
「なーんか聞きたくなるわよね〜」
「「なー/ねー」」

ラブーンとクロッカスと別れ、双子岬を出発したメリー号が目指すのはウイスキーピーク。
出航してすぐに降って来た雪があっという間に船に積もっていき、ナミの指示でサンジが雪かきに駆り出された。甲板ではルフィとウソップが雪像を作って遊んでいる。薄着の二人にドン引きしつつもウソップの作った雪像にどうしても無粋な勘繰りをしてしまう。ナミと一緒にニヤニヤしていると、同じ船内から不満の声が飛んだ。

「おい君達、この船には暖房設備はないのかね」
「寒いわ」
「贅沢言うなや。誰のおかげで帰れると思ってんねん」
「そうよ!あんた達客じゃないんだから雪かきでも手伝ってきなさいよ!」

一味がウイスキーピークへ向かう理由となった、王冠を被った男と青髪の女が防寒具にくるまって震えている。この二人はラブーンを食糧にしようと狙っていたところをルフィが阻止した奴らだった。一味に直接危害を加えたわけでもなく、どうしても戻りたいのだと懇願してきたところをルフィがあっさり承諾したのだ。
けれどお情けで乗せてもらってる割には横柄な態度に、恭とナミはいい加減イラッとし始めている。能力者ではないらしいからいざとなったら海に放り出してやると心に決め、天候の方に意識を向ける。
こんこんと降り積もる雪に続き上空では雷が鳴っている。双子岬では春のような心地良さだったのに、偉大なる航路は天候の常識すら通じないらしい。また天候が変わる前にサンジを手伝いにいこうと恭がドアを開けようとした時、ちょっと、と青髪の女が声をあげた。

「さっきからずっと舵取ってないけど大丈夫?」
「ずっとって、ついさっき方角は確認して…あーーっ!!」

記録指針を見たナミが恭を押し退け外へ飛び出した。少し目を離した隙に逆走していたらしい。船の向きが変わったなど体感では全く気付けなかった。
一味全員が慌てる中、余所者二人が得意気な顔でナミに講釈をたれる。

「ここはこういう海よ。風も空も波も雲も何一つ信用してはならない。不変のものは唯一“記録指針(ログポース)”の指す方向のみ!お分かりかしら?」
「偉そうにウダってないでさっさと手伝え!」
「えっえっ、ちょ、どうすんのコレ」
「見張り台に行ってきて!飛ばされないでよ!」

ナミが鋭い声で恭を走らせ、他のクルーにも次々と指示を出す。その途中にも風が変わり、余所者達が「春一番だ」と気持ちよさそうに言う。春一番とは言葉の響きはいいが要するに強風のことだ。今一瞬暖かいと感じても、すぐに嵐を呼び海が大荒れになるだろう。

「起きろカビゴン野郎!邪魔や!」
「ぐぶぇ!……ぐーー」
「いや起きろよ!緊急事態だぞ!!」

この大騒ぎに気付かず眠りこけたままのゾロの腹を踏みつけ、恭は見張り台までよじ登る。それでも目を覚まさなかったらしくウソップの声が聞こえたがこの際無視だ。
風と波でもみくちゃになりながら全員(一人を除く)が船内を走り回り、殆ど怒鳴り合うような連絡と指示が飛び交う。

「波が高くなってきた!」
「前!十時!氷山!」
「ナミさん霧だ!」
「何なのよこの海はァ!!」

「船底で水漏れ!」
「すぐに塞がなきゃ」
「よっしゃ」
「雲の動きが早いっ…恭!帆!畳んで!」

「恭ちゃんも食べて!俺も畳むの手伝う!」
「ありがとう!下からお願い!」
「恭!また!イルカ!」
「ルフィ!働け!ドアホ!」

「船底もう一か所やられてるぞ!」
「ナミ指針は!?」
「またズレてるっ!」
「五時!竜巻!デカい!」
「何ィィ!?」


――――――――――
―――――――
―――――


文字通り嵐が過ぎ去った頃には、全員(一人を除く)が疲れきってひっくり返ったり座り込んだりしていた。そして残す一人がここでようやく目を覚ます。あの大嵐大騒ぎに全く気付かず爆睡していたゾロはぐったりとした船員を見て…

「…おいおい、いくら気候がいいからって全員ダラけすぎだぜ?ちゃんと進路は取れてんだろうな」
『(お前…!!)』

こっちの苦労も知らないで。似たような言葉を全員脳内で叫んだただろうが、誰も口にする気力はない。
結果として余所者二人を乗せたのは正解だったかもしれない。どの航路を選んだにしろこんなに海が荒れたのなら、今頃稼働数マイナス一名でもっとてんてこ舞いだったはずだ。
相変わらず怪しい二人だが、少なくとも今二人を敵視する権利は何もしなかったこの剣士にはなかった。

「まあいずれにしろ、」
「恭やっちゃって!」
「メタリカ」
「ふンがッ!」

ナミの怒りの言葉に、階段に座り込んでいた恭は項垂れたままゾロの方を指差す。一味にはもう馴染みとなった単語が聞こえて、ゾロの鼻からピュッと血が飛び出した。恭が仲間に能力を使うのはこれが初めてだが、仲間には手加減したのか出血は少なく、出てきた金属はウソップが扱う物より小粒のパチンコ玉数個だ。

「あんた今までよくものんびりと寝てたわね。起こしても起こしてもグーグーと…!!」
「あァ!?何なんだよお前も恭も!」
「うるさい、次、股間」
「何がだ!?」

状況が把握できていないゾロはナミから数回拳骨を喰らい強制的に黙らされた。嵐の中叫び倒した結果少し声が枯れている恭は、ゾロにそれ以上怒る気力もなく階段の手摺に凭れかかる。
なるほどこんなに滅茶苦茶な天候が続くのなら大抵の船は早々に海の藻屑だ。まだ偉大なる航路に入ったばかりだというのにこの有様でこれから先やっていけるのか……一部の顔色が少し曇る。

「大丈夫よ!それでもきっと何とかなる!その証拠に…ほら!」

一本目の航海が終わった。
その言葉に全員が船の外に目を向ける。恭も頭を上げると、山くらいの大きなサボテンがいくつもある島が遠くに見えた。
先程の疲労と不安の雰囲気から一変してルフィの歓声が聞こえ、他の面々からも安堵の息が漏れた。

「それでは我らはこの辺でお暇させて頂くよ!」
「送ってくれてありがとうハニー達」
「縁があったならいずれまた!」
「「バイバイベイビー」」

余所者二人が颯爽と船から飛び降りて泳いで行ってしまうが構わず船を進める。
偉大なる航路へ入って初めての上陸。何が起こるか解らない緊張と冒険への高揚を抱えて、メリー号はサボテンの島へ入った。