青そら | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
▽ 2

「お通ちゃん、僕らが会うのは暫く控えた方がいいでござる」
「えっ!何で、GOEMONさん!!嫌だよ、私!」
「僕だって君と離れたくはないでござる…でもこんな事になった以上、ファンを無闇に刺激するのはよくないでござるよ。ファンのありがたさも恐さも、僕は君より知っているでござる。ここは暫く時間をおこう。大丈夫。ほとぼりがさめたら、また毎日のように会えるでござるよ」
「GOEMONさん…」

「「………」」
「新八は解るけどよぉ、何で恭までシケた面してんだよ?」
「…私、ああいうチャラい男嫌いなんです」
「近頃の女は見た目に弱いアルからな」
「(私と神楽は?)あんなんの何処がええんやろ?新八君の方がずっとええと思う」
「えっ!?」
「恭ちゃん、新八にそんなフォローいらないネ。それより折角だからテレビ局回って来るネ!」
「あ、ちょっ…!」

夜のテレビ局。お通の収録中。
一人はしゃいで何処かへ行ってしまった神楽。それを止める人はおらず、恭もやれやれと溜め息を吐くだけだった。
喫茶店でのお通とGOEMONのやり取りを見て以来何処かしょぼくれている新八に、銀時が気怠げに声を掛けた。

「お前もバカな奴だなァ。首突っ込めば嫌な思いするのは目に見えてたろ。大人しく家でカレンダーめくってりゃよかったのによ〜」
「(アンタもめくってたくせに)」
「お通ちゃんは僕が護るって言ってるでしょ」
「いいカッコしよーったって無駄だぜ。恋する娘は猪と同じよ。前しか見ちゃいねーぜ」
「…お通ちゃんはね、僕の恩人なんですよ」

新八達が座っている席の前にある大きなテレビ。その画面には、楽しそうに司会者と話すお通の姿があった。
新八はそれを見詰めながら、彼女との初めての出会いを思い出していた。

「あれは銀さんと会う前…僕がまだフリーターをやってて、何やってもダメで、いつも店長に怒られてた頃…何もかも嫌になって、全部投げ出そうとした事があったんです。そんな時に聞こえてきたんです…。
正直何歌ってるのかよく解らなかったけど、お客さんも誰もいないのに精一杯歌ってる姿見てたら、なんか涙が出てきて…お通ちゃんはきっと覚えてなんかいないだろーけど、僕はあの時、一杯元気もらったんですよ。何でもいいんです。出来る事があるなら、あの時の恩返しがしたいんです。こんな事しか僕には出来ないけど、何かしてあげたいんです」

恭はふと、あの下ネタオープンの歌を歌うアイドルを思い出した。
誰にも注目されず地べたから這い上がる努力をしてきたお通と、何の目標もないぬくぬくとした生活をしてきた自分。
そのくせに、あの歌手は歌が下手だこのアイドルは不細工だとテレビに向かって文句ばかり垂れる自分。
関係者じゃないからと、彼女達の努力を蔑ろにした発言をし過ぎているのではないだろうか。
いろんな事を経験してできたあの笑顔を、恭は改めて見たいと思った。

「銀ちゃん銀ちゃん!大変アル!!ピン子がいたヨ!!ピン子が『渡る世間は鬼しかいねェコノヤロー』の収録に来てるアル!!」
「何ィ!!ピン子ォォォ!!サインくれェェェ!!」
「あっ、銀時さん!もうすぐ収録終わ……行ってもた…」
「はぁ…もういいですよ恭さんほっといて。僕厠行ってきますね」
「あ、うん。ここで待ってるわ」

恭に断りを入れて席を立った新八。この話ももう終わりだ。
お通に全て報告して銀時達が帰ってくるまで、恭はここで大人しくしていようと思った。
男子トイレから醜いアイドルの悲鳴が聞こえてくるまで、あと2分16秒。


   *  *


「「あ」」
「……あー…その、災難でしたね……」
「はい…あの、お世話になりました…」

GOEMONの犯行が発覚し関係者全員に事が知れ渡った後、
仕事を終えて万事屋に帰る前に厠に寄っていた恭は、そこで偶然にもお通と出くわしてしまった。ショックな話を聞いた直後なため、何と声を掛ければいいのか解らない。かと言って素通りもできない。
必死に打開策を練っていると、隣で手を洗っていたお通がふぅと溜め息を吐いた。

「バカだよねぇ私も。ちょっと優しくしてもらったからって浮かれちゃって。芸能界はそんなに甘くないってのに…お母ちゃんにもスタッフさんにも、あなた達にも迷惑かけちゃうし」
「迷惑なんて思ってませんし…寺門さんは、悪くないと思うよ」
「寺門さんなんて固いよ、お通、でいいしタメ語でいいって…はぁ…これ私すぐに吹っ切れるかなぁ?とんだ失恋だよ」
「失恋、か…まぁ無理に考えん方がええよな…」
「あの…今井さんってその…そういう経験あるの?」
「あ、私も名前でええよ……あー私の場合付き合う云々にすら到達してへんかったけどな。好きやった男の子に彼女できちゃってさ。しかもその彼女私の友達やった」
「…そっか……」

喋りすぎたかと後悔した。
同じ世代の女の子だった所為かつい愚痴を零してしまったが、失恋したばかりの相手に言う話ではなかったかもしれない。
しかしそんな恭の心配を取り払うように、お通はずいっと恭に詰め寄ってきた。

「ねえ恭ちゃん!そういう時ってどんな風に乗り切った?」
「!?の、乗り切ったって…?」
「ほら!カラオケ行ったとか、ボーリングしたとか。よかったら参考にしたいなって…あ、図々しかったかな?」

凄く逞しい。もう半分ほど吹っ切れているのではないかと、恭は少しばかり感心した。
とりあえずお通の問いには首を横に振って否定しておく。古傷が抉れる、などというような深刻なものではないから。
そういえば自分はどのように吹っ切っただろうか…――

「新しい、恋?を探したかなぁ……」
「え!?」
「他に夢中になれる相手がおったら忘れられるかな、って……」
「…それで、見付かった?」

食い付いてくるお通。自分の最近の経験談なので、少々気恥ずかしい。
しかもその問いの答えがもっと気恥ずかしい。下手な事を言わなければよかった。

「………ぶ…部活……か、な…?」
「部活?」
「夢中になれるって言うたら、部活しかなくてさ。寂しい話やってのは解ってるけど……」

尻すぼみな答えになった。顔を見られたくなくて俯く。我ながら恥ずかしいしクサい話だと思う。
だが実際これがその時の答えだった。全てを忘れて打ち込める部活が一番の癒しだったから。

「……そっか…じゃあ私は、歌だ!」
「!え………?」
「夢中になれる何かが恋人って事でしょ?なら私は、歌が新しい“恋人”だね!ありがとう恭ちゃん、元気出たよ!何だか私乗り切れる気がする!」

ピシャリと自分の頬を軽く叩いたお通。自分に向けてにっこりと笑うその顔には、もう先程の寂しさはなかった。歳は同じ筈なのに、自分とはこうも性格が違う。この並々ならぬ前向き加減が、彼女をアイドルへと導いたのかもしれない。
アイドルなど興味のきの字もなかったが、何故だか今は彼女が妙に眩しく見える。

「よかった……何か、私も考え方変わった気がする」
「え?」
「私、芸能人とかアイドルってあんまええ印象持ってへんかってん。特別歌や顔がええ訳でもないのにテレビばっかり出て…ってさ。でもみんな、そこに漕ぎ付くまでに凄い努力してんねんな。誰にも見て貰えてないだけで…うん、何か…やっぱりアイドルって凄いと思う。私もそんな風に何か目指すもの、欲しいな…」

どれだけスキャンダルに陥って周りから叩かれても、絶対に屈さずにっこり笑ってカメラに向かう雑草魂。
前の世界で自分は、そこそこ知名度のある大学に行ってそこそこ稼げる職についてそこそこ旅行も楽しんで…と考えていた。
だがこの世界に来て、“そこそこ”や“普通”という枠組みはなくなった。何をするのも全て自分次第。今度こそ見付けたい。どんなになってもそれに向かって進み続けられる夢を。
しどろもどろで固いながらも、顔に精一杯の笑みを浮かべる。少しでも自分の気持ちがお通に伝わるように。
お通は少し驚いた顔してたが、すぐに可愛く笑ってくれた。自分もあんな風に笑える日が来るだろうか。

「そっか!そう思ってくれると私も嬉しい。これからも仲良くしてくれる?」
「うん、勿論。これからもよろしく」

prev / next

[back to list]