青そら | ナノ
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▽ 海の水がなぜしょっぱいかだと?

どんより曇り空。肌を刺すような北風。
恭はぶるりと身震いしてコートを羽織り直す。
12月のかぶき町は、本格的な冬に突入していた――

なんてことはなく、本格的な夏に突入していた。現在7月。
天気は雲一つない快晴で、真夏の太陽がジリジリとかぶき町を焼いていた。
異世界に降り立った時恭の世界は2月だったため、夏用の服は持ち合わせていなかった。着物を着ると更に暑いので、制服のスカート(冬用)を2回ほど折って短くした。上に着るベストとネクタイはなく、カッターシャツのボタンを2つほど外している。
弓道部員だった頃の自分なら絶対にしなかった格好だ。何せあの部のルールは厳しい。制服は第一ボタンまで留めネクタイも緩めてはいけない。スカートを折るなど言語道断だ。しかしその枷がなくなった今、恭は自由な制服姿の自分を楽しんでいた。後輩の目もあって部内では絶対に出来なかった格好だ。地味だがこれは結構嬉しい。

そんなこんなで、今日も恭は炎天下の中極力涼しい姿でバイトに励んでいた。正直な所家から出たくないのだが、少しでも多く稼がなければ自分達の明日の朝食も危うい。家賃も相変わらず滞納し続けている上、神楽と定春の食費が半端ではない。おまけに店主の銀時はジャンプと甘味を最優先にするため、恭の手元に残る金は無に等しい。
いい加減、自分で良い稼ぎ口を見つけて欲しい。しかし自分は居候をさせてもらっている身故、そこは我慢する事にしている。別にいい子ぶってる訳ではない。新八や神楽が代わりに言ってくれるから、自分が直接言う必要がないだけである。
まあ、それはさておき、

今月給料が入れば家賃2ヶ月分の借金は返せるな、と思いながら恭は自転車で商品の配達をこなしていく。
残り後一つとなり、気分よく道の角を曲がったその時、草叢の影から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「今年の海は――」
「えいりあん一本釣りだ!!」

そこには、今日も働かずにぐーたらな一日を過ごす我らが万事屋亭主と、妙にサングラスだけが輝いている貧乏臭い三十路後半の男。アイスを咥えながら声高らかに宣言している。
何カッコつけてる、キマってへんぞオッサン2人。

…お登勢さんすみません。今月のバイト代は海に行く交通費に当てなあかんようになりました。溜まった家賃を払うのはもう少し先になりそうです…



の水がなぜしょっぱいかだと?オメーら都会人が泳ぎながら用足してるからだろーがァァ!!



「はじめまして、今井恭です。よろしくお願いします」
「いや〜知らなかったな。お前らんちにこんな嬢ちゃんがいるなんてな〜」
「そう言えば恭さん、会うの初めてでしたね」
「こっちこそよろしくな。俺ぁはs「こいつはマダオって言うネ」ちょっとォォ!?途中で遮んないでくれる!?」
「オメーの自己紹介なんてどーでもいいんだよ。恭、こいつの事はマダオと覚えてたらいいからな」
「何なのォこいつら!人権を何だと思ってんのォォ!?」
「…そう言えば銀時さん、大事な話って何ですか?」

あの後、銀時は万事屋に帰宅するなり大事な話があると他の三人(と一匹)に招集を掛けた。
バイトを終わらせた恭もソファーに腰を掛けたその時、目の前の男と目が合った。
それがマダオこと、長谷川泰三である。
何やらその大事な話(恭には粗方想像できたが)は、銀時と長谷川の間でできた話らしい。新八と神楽は胡散臭いと言わんばかりの顔をしながらも、恭と並んで座った。
それを見ると、向かいに長谷川と隣あって座っていた銀時がこう切り出した。

「オメーら、海に行くぞ」
「………何で海なんですか?」
「実はな、海は今救世主を必要としてんだ」
「あの…もうちょっと解り易い説明をお願いします長谷川さん」
「救世主(きゅうせいしゅ)@人類を救う人。A〔宗〕〔キリスト教で〕キリスト。※三省堂国語辞典第五版を参照」
「銀時さん、救世主の意味ちごて、何で海に行く事になったんか聞いてるかと」
「さっさと言うネこの天パ。こちとら暑くてイライラしてんだヨ」
「…海にえいりあんが出たんだとよ。そいつの所為で今は遊泳禁止になってる」
「ええ!?そんな時に海に行くって…ま、まさか…」
「えいりあん退治だ」
「「「………」」」
「んだァ、そのやる気ねーってツラは!海の平和を俺達5人の侍で取り戻そうって言ってんだぞ!」
「海水浴も日光浴もできない海になんて行きたくないです正直」
「こんな暑苦しい日に暑苦しいオッサン共の暑苦しい話なんて聞きたくなかったアル。行きたいなら2人で行って来るヨロシ。恭〜アイスおくれヨ」
「あ、うん…」

「賞金が懸かってるってったらどうするよ?」

―ピタリ。

全員の動きが止まった。
恭に向かって挙手していた神楽はそのまま一時停止。
新八は眼鏡の奥をギラリと怪しく光らせ固まっている。
事情を知っている恭さえもその雰囲気に呑まれ、台所へと向かう足を止めた。
それを見た銀時はニヤリと口角を上げると更に続けた。

「新八ぃ、神楽ぁ、最近オメーらに給料やってなかったなぁ。恭も働き詰めで大変だったろー。この機会にどうだ?小遣いに2桁の福沢諭吉、欲しくねーか?」
「「今年の海はえいりあん一本釣りじゃアアア!!」」
「(ああっ!しまった、ノリに流された!)」

最近ってか一度もあんたから給料貰った事ねーよ、とツッコむ者は誰もいなかった。皆金に目が眩んだからだ。
新八は姉と自分の生活費のため。神楽は酢昆布と演歌のCDのため。銀時と長谷川も、己の私利私欲のためにやる気満々だ。誰か一人でもいい。万事屋の家賃や定春の餌代そして自分達の食費について考えてくれ。
まあ考えたところで、これは金にならない話だ。何も考えずに、数年ぶりの海の景色を楽しみに行こう。恭は一人自己完結し、日焼け止めは何処だとのんびり支度に取り掛かった。

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