緊張する場所ならたくさんある。例えば学校の職員室だったり、病院の待合室だったり。でも今日の場所は、それらの場所とは勝手が違う。

『ほら、入りや』
「お、おじゃまします…!」

私の声が震えたのを聞いて、喉を鳴らすように笑う蔵ノ介。今日は蔵ノ介の誕生日なので、部活でもお祝いをしたけれど、その後2人で祝うために、部活帰りにこうして蔵ノ介の家に上がっている。上手く声が出せなかったのも、ドキドキと心臓が軋むのも仕方ないじゃないか。男の人の家に上がるの、初めてなんだから。

「…笑わんといて!」
『っふ、自分の反応があんまし可愛いから』

蔵ノ介はそうやって余裕そうに言うから、たまにそれが悔しい。
本気で恋すると付き物なのが、"私ばっかり好きみたい"の感覚。感じてない、と言えばそれは嘘になってしまうけど、蔵ノ介の言動の至る所に、私への愛を感じる。そんな幸せを初めて噛み締めている。

「うわ、綺麗」

思わず感嘆の声が漏れてしまうくらい、蔵ノ介の部屋は綺麗だった。ごちゃごちゃしてない(やっぱり無駄が無い)予想してた以上に整った部屋だった。

『そら彼女入れんねやから、当たり前や』
「そ、そう?」

未だに五月蝿い心臓が、蔵ノ介の口から出た「彼女」という言葉でまた落ち着かなくなる。

『ちゅーか顔、赤いで?』
「う…しゃあないやん!」
『ちゃうちゃう、そうやなくて!』

え?、と言おうとすれば、私の額に少し冷たい手が触れた。蔵ノ介の綺麗な手が、私の前髪を潜っていた。

「…どう、したん?」
『……ああ、あかんわ』
「え?どういう…」
『熱あるやん!アホ!』

私の言葉を遮ると同時に、私をベットに押し倒しながら(勿論やらしい意味ではない)怒る蔵ノ介。……え、熱!?

「ま、待って!意味分からん!」
『俺かて驚いたわ!微熱やと思うけど、これは確実に熱あるで』

混乱した意識のままに自分の額に手をあてると、確かに熱いような気がする。というか、なんで私じゃなくて蔵ノ介が気づいたんだ。

『取り敢えず体温計とか持ってくるから、安静にしとくんやで!』

断ろうと思ったけれど、蔵ノ介が速攻で部屋を出て行ったので、何も声がかけられなかった。さっきの速度は忍足くんにも負けないと思う。

…ああ、何でこうなったんだろう。ただ蔵ノ介の誕生日をお祝いしたかったのに、今の私は蔵ノ介を疲れさせているだけだ。蔵ノ介の見せた心底心配そうな顔が脳裏に浮かぶ。違う、そんなつもりじゃなかったの。

『持ってきたで……って、何!?何で泣いてん?きついん!?』

戻ってくるや否やあたふたする蔵ノ介。頬を冷たいものが伝う。ん、私、泣いてる?

「あ、れ?」
『頭痛い?戻しそう?』
「く、蔵ノ介!違う!大丈夫」

完全に勘違いしている蔵ノ介を必死に抑える。それでも不安そうな眼差しは止まない。

「蔵ノ介、ごめんなさい」
『何で謝るん?』
「折角、誕生日やのに…あと、風邪移る」
『…はぁ、』

蔵ノ介の溜め息が私を咎めるように聞こえて、またじわりと目頭に重みが増す。少し怒った風に蔵ノ介は話しだした。

『んなこと、気にせんでええっちゅーねん。あ、別に怒っとる訳とちゃうで?』
「…ん」
『ここに居ってくれるだけでええねん』

ぽんぽん、と規則的に私の背中を叩く。この動作一つで私は落ち着いてしまう、なんて単純なんだ。

『あ、せやったら、プレゼント2つ貰うで?』
「へ?」
『1つは、今日は俺が独占すること』

もう1つは、蔵ノ介はそう言って立ち上がり、コップと薬を手にした。

『口移し、で』

その言葉が脳に届いたときには、私の口内には既に水と錠剤が流れ込んでいた。苦い味が広がってきそうなのでそのまま飲み込むと、してやったりな顔をした蔵ノ介が目に入った。

「いきなり何すんの!?」
『正真正銘風邪薬やから大丈夫や』
「問題そこちゃう!」
『あー、熱あんねんから大人しゅうしといてや』

ぽすんと柔らかくベットに沈まされて、白い天井を仰ぐ。薬の副作用か、眠たくなってきた。

『お母さんに連絡入れたで。迎えに来てくれるみたいやから、それまで暫く寝とき。隣居るから』

その言葉を皮切りに、私の瞼は閉じられた。眠る前、最後に見た蔵ノ介の顔は優しかったから、私は甘えてしまう。


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くら誕!様に提出。素敵な企画ありがとうございました!
蔵誕生日おめでとう(*^o^*)因みに蔵はヒロインちゃんが寝てから晩御飯を食べます。