はじめのキス

「えーんちょ」
「やかまし!」

何故名前を呼んだだけなのにどうしてやかましいと言われなくてはならないのか
膨れっ面でほんのりと頬を染めながらフイッと顔を逸らされる
まるで子供が意地悪されたような仕種だ

「まだ怒ってるんですか」
「…」

後ろを向いたままこちらを見ず黙っている 今、どんな顔をしているのだろう
かつて彼の背中は何度も見てきた 一番初めに強盗に襲われた時も仲間を連れ去られた時も、いつも目に入る彼の背中
見た目的にも細く長い手足にがっしりとついている彼の背中は不思議にたくましく見え
目がいつのまにか奪われている

いつしか最初の頃とは違う感情を持ちはじめてきた
いつからだろう彼の背中がこんなにも大きくたくましく見えたのは
元からそんなふうに見えてたような、そんな気がしてなんだか先程の行為が恥ずかしくなってきた

ついさっき私が園の掃除の最中、暇そうにしていた園長が私に暇じゃ遊べ!と肩に乗り、更に人参を刺してきた

「いたーっっ!!」
「暇じゃ暇じゃー!なんでこんなにも暇なんじゃー!」
「だっだったら掃除手伝ってくださいよ〜」
「嫌じゃ、掃除はつまらん!」

ぴょんっと華から離れ両手を組み威張る
いつも飽きずに遊びまくってるくせに、仕事もせず本当に今まで動物園を経営していた人とは思えない園長を見るたび動物達の苦労が身に染みた

「威張れる事じゃないですよ!もう、掃除もやりはじめれば楽しいのに」
「掃除が…楽しい?」

何を言っとるんじゃこいつは、とそんな目をして
いるが若干少し興味が沸いたようでブラシに目をやる、するとそうだという風にひらめいた後ニコリと笑い華は続けた

「はい!すっごく楽しいですよ?綺麗になってくだけじゃなく身体を動かして気持ちいいですし、最後の最後の達成感なんて最高です!」

ブラシを持ってキラキラリと瞳を輝かせる華
どうっ?私の迫真の演技!
全身で楽しさを表すその姿に園長は身を乗り出してきた あともう少し。

「やっぱりこの楽しさはやってみないと分からない楽しさですよーこの楽しさを知らない人は人生の半分損してるとしか言えないんじゃないかなー?」

ふふんと園長を横目に見る。あ、凄くやりたそう

「んじゃ話は此処までにして掃除再開してきまーす!」
「蒼井華!」
「はい、なんでしょう?」
「…ワシもやる!」

こんなに上手くいくとは思わなかった…
ブラシを持って袖をめくり動物小屋の中にウキウキで入って行く園長を見て、私の演技がこんなに上手いとは思っていなかったこれはもう演劇部に入っても大活躍出来るのでは!?
とドヤ顔で自分の能力に感動を抱いていた もうドジ踏むあの頃とはおさらばだ
そう意気込んで歩いた瞬間ウンコを踏んで思いっきり滑り頭を打ってしまった

「あいたーっ!」
「何してんじゃお前」

ガクリとうなだれる華、どうして自分はそう決まらないのか、ハァとため息をついた後ちらりともう一度園長の方を見る
やっぱり新鮮だ。
あの我が儘で仕事が嫌いな園長がブラシ持って今まさに掃除をしようとしている なんだかその異様さが無性におかしくて笑ってしまった

「なに笑っとんじゃお前…」
「え?あぁすみません、可愛いなーって」
「可愛い?」
「えっあっ」
「すっ転んでうなだれてその後笑うとか、変な奴じゃなお前」

グサリ。

「ひ…酷い」
「本当の事じゃろ、まぁ良い早く来い!何するんじゃ?」

も〜…と園長の近くに歩み寄る華 この人は人を不機嫌にさせることしか出来ないのか せっかく良い気分だったのに最悪だ とも思いつつもやはり掃除をやる気満々な園長を見て徐々に嬉しくなってくる

「私が水を出しますんで当たっているところをブラシでゴシゴシしてくださいな」
「よぉし!」
「いきますよー」

キュッと蛇口を捻りホースからでる水を満遍なくばらまく
すると園長は凄い速さで擦り出した。顔を見ると本気顔
いやいや熱中しすぎでしょ 心の中で軽くそんなツッコミをいれながら右に左にとホースを動かす
園長はその動きに合わせてついていく ついていっては擦り ついていっては擦り そんな様子を見ていてなんだか楽しくなってきた
猫に猫じゃらしを与えた時と同じような心境になり ちょっとした悪戯心に火がついてしまった

「園長!」
「あぁ!?」

少し息を切らしながら叫ぶ園長

「ここからスピードアップします!」
「なにっ!?」

ビシャァアアアと水の勢いも増し、左右の動きも早くなる斜め右、斜め左下、斜め右上
園長は一瞬驚いた後急いで作業に取り掛かる
それでも華のスピードに追いつく園長を見てすごくびっくりした、と同時になんだか面白くなってきてもう少しスピード上げて見ようと腕の振りを早くしたが
園長のスピードが落ちていく 疲れたのだろうか

「え…園長…?」
「お、お前…ワシで遊んでるだろ…!!!!」

ドーンと言う効果音がなり華はおそっ!!とツッコんだ、いやいやそうでなくてやばい。遊んでましたてへ☆だなんてふざけた事ぬかせばにんじん吹っ飛ばれて引きずり回されるに決まってる 何か考えねば…!

「ち…違いますよ〜園長のスピードが速かったのでそれに合わせたらこうなっちゃっただけです〜」
ナイス私!
「そうか、なら交代じゃ」
「へっ!?」
「交代!ワシは疲れた、そっちの方が面白そうじゃ!!」

汗を腕で拭うと、園長のいつも通りのニヤケ顔だが華にはあくどい笑みを浮かべながら近付く鬼にしかみえなかった

「園長絶対意地悪するじゃないですかぁあ!」
「そんなこたぁせんよ!」
「嘘だぁあ私は園長の早さが異常だったからちょっと魔がさしただけなのにぃい」
「お前やっぱワシで遊んでたのか!?」
しまったーー!!
とドジった自分を恨み頭を抱える、園長は怒りでプルプルと震えて今にも飛び掛かってきそうだった

「蒼井…華…」
「ひゃぁあごめんなさいいいい!!」

あまりの恐ろしさにパニックに陥った華は近付いてくる園長にビシャーッと水をかけてしまった しかも顔面に、自分でも何故こんなことをしてしまったのかよく分からない
終わった…私の人生…

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆるさぁああん」
「いだぁあああ!!」

ベシーンとラビットビンタ(しっぺ)をくらわし、さらに人参など投げられる始末 しかし一通り投げ終わったところでピタリと止まった。おかしい…いつもなら蹴りだの殴りだのもっとやられてもおかしくないとは思うんだけども
園長の顔を見るとやはり怒ってはいるものムスッとしているだけで怒鳴りはしない
少し不思議に思いながらも園長にタオルケットを被せ拭いてあげる

「園長本当にごめんなさい、本当に、わざとじゃないんです。許してください」

ゴシゴシと頭を拭く、すると横から手が出てきて華の腕を掴む、水に濡れたからか湿っていて少し冷たかった

「お前、ワシの事嫌いか…?」

パサリとタオルケットが頭からずり下がり肩に引っ掛かる、さっきまで見えなかった顔が今度はきちんと見えた。怒ってはいない、寂しそうな悲しそうな表情だった

「…そうですね、すぐに怒ったり暴力を振るってきたり我が儘な所は嫌いです。」
「……そうか」
「でも!素直で仲間思いの所はとっても大好きですよ、このくらい」
「…?」

園長が不思議に思い華の顔を見ようとすれば、チュッと鼻に何かが当たった、この感触は…
そしてポカンとしてみればクスリと笑う

「…とかやってみた…り」
不安気だった園長の顔がみるみる怒りに変わる
あ、これはヤバい

「蒼井華ーーッッ!!」

うひゃぁああと叫びながら走って牢屋から外に逃げだした。

そんな事があってから園長はずっとそっぽを向いている、そんなに嫌だったのかなぁ

「園長、本当にすみませんでした。許してくださいよ〜」
「……」
「えんちょ〜」
「そういうのは、」
「えっ?」
「ワシからしたかった」

クルリと華の方を向いてまたムスッと怒っているがほんのりと頬が赤い、その事が分かった時には口を塞がれていた
触れるだけのキス
離れた時には二人とも顔が真っ赤だった。

「えんっえんちょっえん…!」
「仕返しじゃバカタレ!」

シュッと人参を投げると見事華の口の中にすっぽり入る、そのまま園長はすたこらと逃げてしまった
本当にあの人には敵わない…

人参を取りながら園長が走っていった道を見つめていた



終わり。


――――――――――――――――
この華ちゃんは園長が好きだけど鼻キッスは敬愛から園長は敬愛とも知らずに勘違いからのキッス
よって結果的に両想いということだ やったね!


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