地の底の白夜



それは一瞬のことだった。


目の前が暗くなったから
最初、太陽が陰ったのだと思ったのだ。

その一瞬を逃すアタシではない

重心を後ろに移動させながらのバックステップ、そして背後にそびえる壁を利用した反復飛びに足首が僅かに悲鳴を上げたがこの際は無視だ。

向こうにしてみればようやく獲物をこの袋小路に追い詰めたのだ、簡単に諦める筈がない。

追撃しようと銃を構える。

しかしその状況が仇になった。

銃の射線上に数多の味方がいるのだ。

簡単には撃てずにマスクに隠れた彼らの気配にもはっきりと逡巡が表れる。

『ナイフを使え』

しかし、再び冷静さが戻った彼らの前から、その少女は既に離脱していた。

僅か数秒間の出来事だった。


(…ッ)

舌打ちしたのは誰だったのか

いや、果たしてその主は本当に舌打ちしたのだろうか

そこで疑問が浮上する

戦うことだけが存在意義であるソルジャーに『疑問』などという感情が残されているだろうか

そのとき、残された壁の上に
彼らは新たな人影を見た




『ズィガー…ヴァイス…』




囁くような声は彼らの誰が発したものだったのだろう

自分の声が畏怖か恐怖に震えている

その事実は彼らが丸腰の相手を前にしていても僅かに曇ることもなかった


「く…くっくく」




どれくらいの空白が
彼らの間を駆け抜けただろう

その、押し殺した笑いが
純白の帝王からのものだと気付いたとき、彼らは戦慄した。

『…追え』

ひとしきり笑うと帝王は顔を上げた。さっきの笑いは幻覚かと思われる程、綺麗に拭い去られている。

そこにあるのは
冷たいが無機質な仮面だけだ。


弾かれたように彼らは走り出した。

おそらく彼らは
死に物狂いで先程の少女を捜すだろう


そして


―…そう遠くない場所で銃声がした




最初、兵士はすぐに
追撃に入るものだとばかり考えていた

だから背後から
なんの気配も無いことに首を傾げる

「…追ってこない?」

そう呟くのと、忘れかけていた足の痛みを思い出すのはほぼ同時だった。


「…痛」

崩れかけ、壁としての役割を忘れられた物陰に身を隠す

そうして、自分の足首を覗き込んだ少女は後悔した


「うーん…ケアルで効くかな」


今は僅かに赤くなっているだけだが、熱を持っているところを見るといずれ腫れてくるのだろう。

「ブリザラでもあったら冷やせるのに…」


しかし近くに氷はおろか水さえ見かけない


「それもそうか…」


ここはディープグラウンド

地の底にある跳梁跋扈の巣なのだから


―…パンッ。

その時、乾いた銃声が轟き、すぐ横の壁が砕け散った


身体はすぐに臨戦態勢を取る


『ズィガー、ヴァイス!!』


息のあった唱和に、先程と違う鬼気迫る攻撃に、ユフィの背中が僅かに冷えた


「明鏡止水が我が舞台」

「いざ舞え、血祭」

「生者必滅せよ」

短い宣言と共に兵士が倒れる

少女は笑った


「なんだ…楽勝じゃん」

「優雅な戦いだったな」


すぐ耳元で声がして、
ユフィの身体が強張った。


「強いんだな」

「誰!?」


鋭く声を尖らせての質問。





「純白の帝王ヴァイス」
「森羅万象」






最高リミットを通常技と同じタイミングで使うなんて。親父達が見ていたら激昂ものだろう。

だが、しかし、だからこそ、ユフィには判っていた。思った以上に効いていない。

手応えはあったがあれだけで済む筈がないのだと。

視界不良の中、反射的に左へ跳躍する。するとつい先程の立ち位置に長いガンブレードが深々と突き刺さっていた。

攻撃をかわした。次は反撃だ、そう反撃に移ろうとした時、悲劇は起こった。


――…ずき


痛めた足首が主張して、攻撃のための致命的な一瞬を逃した。

(まずい…やられる!!)


身体を貫く無数の刃。

違う、元々は1本のブレードなんだ。幾人にも見える残像、残虐な嘲笑、そんな既視感にも似た戦闘独特の幻が脳裏によぎる。







そして――……


一発の銃声が幻を突き破った。




(沈む夕日と沈まない白夜との邂逅だった)

もっと臨場感を勉強したい。

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