短編 | ナノ

おはよう。私達四人の中で一番早起きなのは漣だ。お酒が入った日の翌日は別として。その次に私、その後の二人はどっこいどっこいだ。だから、漣の声で一番最初にその言葉を聞く。低く落ち着いた、暖かい声で。

おはよう、と私も寝ぼけた声で返事をする。漣は窓際にもたれ掛かって、マグカップの中のコーヒーを飲んでいた。紺のUネックのシャツとスウェットのパンツという、ラフな格好でもなかなか様になっているところに、彼の容姿の良さをつくづく感じさせられる。

「なまえちゃんも飲む?」

「うーん、…じゃあもらおうかな」

「了解。ミルクと砂糖は?」

「じゃあ、ちょこっと」

「ちょこっとって何。…まあ適当に入れておくね」

コーヒーメーカーなんてものは流石にポケモンセンターの一室の中に置いてあるわけないから、勿論インスタントだけど。漣がコーヒーを淹れてくれてる間に、カーテンを開いた。あさのひざし。ポケモンじゃないから回復はしないけれど、それでも何となく、心が晴れやかになる。

「はいなまえちゃん、リクエスト通りちょこっと入れましたよ」

ことん、とマグカップをテーブルに置いた音を合図に、私もテーブルを挟んで漣と反対側の椅子に座った。ありがとう、礼を言ってから、そっとコーヒーに口を付ける。まだ熱くて、少ししか飲めなかった。けれど味は丁度いいくらい。美味しいなあ。カップをテーブルに置いた時、漣も同じようにカップを置いていて、…シンクロしたってやつだろうか。なんとなく目が合うと、くすりと笑い出す。

「なんか、こういうの新婚さんみたいでいいね」

「新婚ってそんな、大袈裟な」

「酷いなあ…なまえちゃんそういうところばっさり切るよね、ほんと」

そうは言うけど、漣も普通に笑っているし冗談めいた口調だから、私も何となく受け流せているだけだ。

「結婚かあ、遠い話すぎて分からないよ」

「でも年齢的には大丈夫…だよね?」

「…そうだけど」

「なまえちゃんがいいって言ってくれたら、いつでも俺はお相手になりますよ?」

そう言って漣は、机の上に置いていた私の手に自分の手を重ねた。突然のことでちょっとびくりとすると、くすり、穏やかに笑う。

「あー、なまえちゃんのそういう反応俺大好き」

「…れーんー?」

「怒らないでよ、好きって言ってるんだから」

そういう言葉にはまだまだ耐性がないのをいいことに、漣はわざと言っているんだ。真意か、それとも冗談か。確信を持ってこっちだ、とは言えないけど、朝からこんなに頬が熱くなるようなのは、ちょっと。でもこの手を無理矢理振りほどけないのは、力の差とかそんなのじゃなくて、私の意志。漣だから。大事で大好きな、漣だから。

私の指と指の間に、漣の指ーー男の人のごつごつとした指が絡まる。いわゆる恋人繋ぎ、ってやつかな。それを見つめる漣の表情はとても幸せそう、というか、恍惚としている、というか。柔らかく伏せた瞼、弧を描く口元は愛しさを噛み締めているみたいだ。そんな、大して綺麗な手ではないのに。世の中にはもっと、もっとたくさん綺麗な手はあるのに。漣はあまり人間のことを知らないから、そう思ったとしても。

「漣、」

「ん?なあに?」

「…漣はもっと、色んなことを知ったほうがいいと思うよ」

「もちろんそのつもりだよ、そのためにこうやって、旅について来たっていうのもあるんだし」

「えっと、…他の女の人、とか」

「……。なまえちゃん」

漣は一呼吸置いてから、私の名前を呼んだ。その声は妙に低くて、もしかして変なことを言ってしまったのではないか、そう思うと頭が混乱して真っ白になってしまいそうだ。視線が泳ぐ。でも、逃がさないというように、漣が顔を近付けて真っ直ぐ私を見つめるから、私も見つめ返さざるを得ない。不思議な色、ターコイズ・ブルーの瞳。

「俺は、まあ確かに少しだけど…これまでの旅で、色んなものを目にしたよ。何もかもが目新しいから、本当に、色んな情報が入ってきた。その中に、女性のことだってあるよ」

それは勿論、分かってるつもりだ。漣だって男なんだから。けれどこうやって聞くと何だか生々しくて、目を逸らしたくなる。

「綺麗だな、って思う人も、いないと言ったら嘘になる。でもね、その度になまえちゃんの姿が浮かぶんだ。それで俺にとってなまえちゃんは特別なんだって思う」

「漣、」

「どんな人とも比べようにならないくらい、なまえちゃんは特別な女の子。だからお願い、そういうことは言わないでよ」

だから、もう本当に、耐性がないんだってば。優しく、余裕のある喋り方で漣はそう言うと、そっと私の頬を撫でた。愛おしそうに撫でるその手から、彼の思いが伝わってくる。心から、大切に思ってくれているのだと。沸騰しそうなくらい真っ赤になった私を見て、ふっと目を細めて笑った漣は顔を離していった。

「…うーん、やっぱりちょっと、照れくさいな」

「な、何言ってるの…」

「俺、意外とこういうの言うの得意じゃないんだけどな…。あー緊張した」

机に突っ伏した漣が、そんなことを言うけど、さっきまであんな余裕綽々だったのに何を言う。私の顔を見て笑ってたくらいじゃないか。でも、蒼い髪の隙間からちらりと見えた耳がほんのり赤かったから、嘘ではなさそうだ。

コーヒーに口を付けると、すっかりぬるくなっていて、ちょうどいい温度。ミルクと砂糖、やっぱり無しのほうがよかったかもしれない。そんな私の気持ちを読んだみたいに、漣が冗談みたいに言った。

「なまえちゃん、俺のやつブラックだよ、飲む?…間接ちゅーだけど」

「やだ」

「やっぱり拒絶早いなまえちゃん」

最後の一言さえなければ、気にせず飲んじゃいそうだったけど。言葉にされるとやはり恥ずかしいんだ。漣のばーか、理央みたいにそう言って、彼の頭をわしゃわしゃ撫でた。


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