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ふと、わたしの横を通り過ぎる楽しげな少年少女が目に入る。何人かでわいわいと騒ぎながら楽しそうに歩く彼らを見、わたしはあの日のことを思い出していた。
あの日、一度限りであった彼らのことを。
そうあれは確か、夏の足音を間近に感じるようなとても暑い初夏の日のこと。

***

暑い、なぁ。まだ初夏だというのにこうも暑いなんて。じわりじわりと汗ばんで、べたりと肌に張り付く髪の毛は、湿度や、気温の高さを物語っていた。ギラギラと照りつける太陽のお陰で、わたしの肌はきっとこんがりと焼かれてしまうのではないだろうか。しっかりと日焼け止めのクリームを塗っておかなければ。
少し目を細めながら、手の甲で汗を拭った。
今のわたし達は、ちょっとだけ変わった場所に来ていた。ジョウト地方のはずれにある、アルトマーレという街。祐月が仲間になった後、一度足を運んだことはあったから、アルトマーレに来るのは二回目である。
目を細めながら、そのまま周囲に視線を巡らしてみれば、細い路地と迷路のように入り組んだ家々がわたしの目に写り、思わず首をかしげた。

「あれ……おかしいな」

いつの間にこんなところに来てしまっていたのだろう。先程までのわたしは、水路沿いに歩きながら大聖堂をめざしていたというのに。
以前来た時には、大聖堂に行くまでに、さして迷ったりなどしなかった。不思議である。
よほど街の奥に入り込んでしまったのか、あたりに人は見当たらずポケモンたちの声もわずかに耳に届くばかり。
誰もいない路地。どこか神秘的なそこを、わたしの足はふらふらと宛も無く歩き始めた。
ただの好奇心、だったのかはわからない。「ヒナリ……? どうしたの」と、彼方を筆頭に皆の心配するような声が聞こえる。だけれども、わたしの足が止まることはなかった。

温かみのある目に優しいクリーム色の壁に手をついてただただ歩いた。街の風景も雰囲気もとにかく素敵で、不思議で。退屈や疲れを感じることは無い。

「わっ……!」

突然、壁の途切れた場所に行き当たった。でも、壁が途切れているからと言ってそこからもう道がないとか、曲がり角だったとかそう言うことではない。ぽっかりと、大きな穴があいていたのだ。穴の先は深い闇色に染まっていて、こちらはこんなにも眩しいのにその光は穴の中に一歩足を踏み入れれば感じることも敵なくなりそうな深い闇。
ぱかん、と独特な音が五つして、気づけば仲間たちが揃っている。目の前の暗闇にざわついた不安感がすーっと冷えていくような気がする。
「入ってみる?」
声をかけてきたのは漣だった。
「……うん」
おずおずと、でもしっかりと頷く。そうすると、みんなも頷き返してくれた。
へらりと少し笑って、足を踏み出した。

***

今日も庭は平和で、何もおかしなところはない。せいぜい、初夏とは思えないほど暑い程度である。
秘密の庭にある東屋に、紅茶と、お菓子をたくさん用意して小さなお茶会の準備を整える。庭獣を飛び回っているラティオス、ラティアスたちや日凪に付き合ってもらおうと思い用意したはいいけれど、彼らの様子を見るにわたしのお茶会など、きっとどうでもいいのだろう。
目の前の椅子にいたはずの日凪の姿も見えなくなっている。結局、一人ぼっちになってしまった。
寂しさを紛らわせるように大きくのびをする。こんなことをしていると告げ口をするものがいないからこそできる行動だ。
いなくなった日凪を探そうかと、椅子から足を踏み出した時。カタカタと風車たちが一斉になりはじめた。
この風車は、正規の入口ではないところから人間が入ってきた時に鳴るよう設計されているのだと、いつか聞いた。
こんなふうになるのを聞いたのは初めてだ。なぜなら今まで、少なくとも、わたしが番をするようになってからは、こんな事はなかったからである。
おかしいですわね。平時を装い呟いてみたけれど、密猟者だったらどうしよう。強く、凶暴なポケモンでもいたらわたしでは太刀打ち出来ない。
遊んでいたラティオスたちも、いつの間にやら警戒したように一点の方向を見ている。そちらに、侵入者がいるのだろうか。
好奇心や使命感に後押しされながら恐怖から震える足を、一歩また一歩と踏み出してゆく。
風車のあるほんの庭の入口の方が近づくにつれて、見知らぬ声と見知った声が聞こえてきた。

「どうやって入ってきたの? ここは一般人は立ち入り禁止なんだけど」

挑発するような日凪の声。彼はここにいたのだろうか。声を聞きつつも、わたしの足は吸い寄せられるように近づいていく。

「は? 別に看板とか何もなかったし、誰にも、何も言われなかったんだけど」

日凪の声に答えるのは、同じような調子の愛らしい少年の声だ。
ぼんやりとしていた人影が、ここではっきりと見えた。
少年が4人、いや5人……? と少女が1人。皆、わたしよりも年上である。

「そう、じゃあ今言う。今すぐ帰って。ここは何も知らない一般人が、来ていい場所じゃない」

流石にそれは、言い過ぎであった。害をなさなくて、それで他言しないでいてくれるのなら多少の侵入者は許されるべきだ。
日凪と言い合っている少年の間に、少女のような青年がまぁまぁ、と二人をおさえるように間に入る。
それでも日凪の方は敵意をむきだしにしていて、心配だった。

「日凪」

やっと、彼らの視界にわたしが入ったようだった。声をかけると、全員の視線がわたしへと集まる。こうして沢山の人に見つめられるこの感覚は、好きじゃない。

「カオリコ、こいつらが……」
「この人たちは、きっと大丈夫です」

詰め寄ってくる日凪を腕と、声で制してからお客さま方のほうに向き直る。
驚いたように目を見開く面々の中で、一番先に動いたのは少女だった。大人しそうな雰囲気に反して、行動派なのだろうか。淡い茶色の髪が、風に揺られてふんわりと靡いた。

「あの、ね。勝手に入っちゃってごめんなさい、わたし、トレーナーでヒナリっていいます」
「ヒナリ、さん……」

名乗ると同時に柔らかく微笑んだ彼女の名前を反芻する。こちらの気持ちがほだされてゆくような、温かい笑みを浮かべる人だ。

「……申し遅れました。わたしはカオリコといいますの」

挨拶をすれば、いつもの作り笑いではなく自然な笑みがこぼれる。ヒナリさんの不思議な雰囲気にのまれてしまっているのだろうか。

「えっと……ですのね、他言しないでいてくれるのなら、来てくれていても良いですわ」
「そうですか、良かったぁ……」

ここに入ってきたことよりも、わたしの意識は、もっと別の方へと向いていた。ヒナリさん。旅の、トレーナーさん。この5人は彼女の仲間たちなのだろうか。
軽く会釈をするとそれぞれがそれぞれの反応を返してくれる。
ぞくぞくと、わたしのなかの何かがざわめき出した。

「あっ、あの……。お茶に、お菓子も、用意してあるんですの。……よろしければご一緒しませんか?」
「いいんですか……? そんな、急に……」

戸惑うヒナリさんに、わたしは笑いかけた。
年上なのだけど、彼女は本当に可愛らしい人だと感じられた。

「こちらから誘ったのですもの、問題ありませんわ」

彼女から、様々なことを聞いてみたい。旅の話、彼女の話、彼女の仲間たちの話。
お言葉に甘えて、とはにかむヒナリさんに、ふわふわとした金髪の青年がもたれかかった。
お菓子、と彼はつぶやいている。彼はとても食いしん坊なのだろうか。

「では、行きましょう?」

わたしの知らない、外の世界のことを、たくさん聞くために。

――
はけいさん宅の5000打フリリクでいただいていたものをようやく飾ることができました…!自分以外の方にヒナリの一人称を書いてもらうことや、後半部でのカオリコちゃんたちから見た我が子たちの姿がすごく新鮮で、我が子たちの新たな一面を見た気分でした。改めてはけいさん、ありがとうございました〜!!

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