text log | ナノ
「菊地原くん」
 私が声をかければ、菊地原くんはいやそうな顔を浮かべた。別にそんなのはいつものことだから気にしない。くるりとUターンをした彼の後ろをなんとなく着いていって「みょうじ、うざい」と言われるまでがワンセットだ。本当、我ながら何をしているのかはわからないのだがこれが日常だ。歌川くんが申し訳なさそうな顔をしているが変なことをしている私のことなんて気にしなくてもいいのに。いい人なんだなあ、だから菊地原くんとも同じチームで仲良くできてるんだ。いいなあ。私とは、全然違う。
「みょうじはめげないな」
「まあね。歌川くんが見てて鬱陶しいと思ってても続けるつもりだよ」
「いや、構わないけど」
 向こうで「歌川、はやく」と菊地原くんが呼んでいる。歌川くんはその声に従う。また今度という意味を込めて二人に手を振るが振り返してくれたのは歌川くんだけで菊地原くんはすぐそっぽを向いてしまった。今日はもう会えないんだろうなあ。このあとはひたすら訓練だ。少しでもましな奴って思われるようになりたい。

「ふう」
 トリオン体とはいえ、訓練が終わると何となく疲れる。帰ったら課題おわらせないとなあ、とかぼんやり考えているといつも追っている人の後ろ姿が見えた。やった、二回も会えるなんて今日はついてる。
「菊地原くん、さっきぶり」
「ん」
「歌川くん一緒じゃないんだ。珍しいね」
「ぼくだって一人になるときぐらいあるよ」
「あ、もしかして一人で帰りたかった感じ?声かけちゃってごめんね」
「そんなこと言った覚えないんだけど」
「……ありがとう」
 いつも結構きつめの言葉がやってくるのでこういう風に返ってくると拍子抜けしてしまう。菊地原くんはこういうところがいいんだよなあ。普段の言葉も決してやわらかいものとは言えないけど、私の心にぐさりと刺さるものは放ってこない。うざいとか、うっとうしいはいっぱい言われたことがあるけど、もうやめろとか、きらいだとか、完全に突き放すようなことを言わないでいてくれるから私は菊地原くんの周りではしゃぎ回ることができるのだ。
「それにしたって、ぼくなんかにまとわりついて何が楽しいのさ」
「一緒の時間を過ごせるのが楽しいんだよ。友達になれたみたいで」
 菊地原くんは友達という単語に反応したのかこちらを向いた。あ、これはまずいことを言ってしまった気がする。こんな風にじっと見られることなんてそうそうないからつい怯んでしまう。
「みょうじにとって、ぼくは何なのさ」
「えっと、ボーダーの仲間でいつか友達になれればいいかなあって思ってるよ」
 私の発言と同時に菊地原くんは溜息をついた。仲間というのもおこがましかったのだろうか。知り合いぐらいがちょうどよかっただろうか。ううん、申し訳ない。
「……みょうじって友達は言ってなるものとでも思ってるの」
 それとも、言わなきゃわからないほどバカなやつだったっけという言葉に思わずフリーズしてしまう。えっと、たしかに私はそこまで頭はいいとは言い難いがこの意味がわからないほど残念な奴ではない、……けど。
「もし私がそこまでのばかだとしたら菊地原くんは言ってくれるのかな」
「調子にのるな、ばか」
 残念、菊地原くんからほしかった言葉はもらえなかった。でもずっとなりたかったものになることができたからいいかな。

20140822