text log | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
 あの時共に食したチョコレート菓子のように彼は私の目の前からいなくなった。はたして彼は私のことを覚えててくれているのだろうか。あの子は私と違って頭がいいから、と少しぐらい、と期待したくなるけれど。賢い人だからこそ余計なことだと切り捨てて私のことなんてもう忘れてしまってるかもしれない。でもごめんね、私はあまり頭がいいとは言い難いからささいな思い出にさえすがってしまうの。
 透くんはどうしてるだろうか。近所に居たときは、まだ幼い私は透くんの迷惑も顧みずに彼が何かをしようものなら後ろをぴったりくっついていた。当時の私はくっつくのに必死で、彼が迷惑そうにしているのにも気づきやしなかった。見かねた母が私に透くんの好きなチョコレート菓子を持たせた。それを透くんにあげたら、ちょっとだけ機嫌が良くなるから。本来だったら母は透くんが嫌がってることを言い聞かせるべきだったのだが、それを言ったところで聞き入れやしないと思われていたのだろう。その通りだが。透くんと一緒に食べるお菓子は、スーパーで売っているようなものであろうと、何だって特別なものになる。今食べているそれも、かつて透くんと一緒に食べていたものなのだが、分けることがなくなって、食べる量が増えたのにもかかわらずあの時ほど私は幸せな気分になれないのだ。
 近界民に我が家と透くんのお家は壊されて、ボーダーの人たちがが補償として新たな仮住まいを提供してくれた。そこから透くんとの交流はなくなった。透くんは近所のよしみで今まで仕方なく私に付き合ってくれていたのだが、それぞれの仮住まいはなかなかに距離が遠いものだった。それによって学区も変わり、私が転校することになって、透くんが私の相手をする理由がなくなった。もっと幼い頃の私だったら透くんと離れることに異議を唱えていたと思うが、ある程度成長して空気を読む術を身につけていたのでそれはできなかった。黙々と私は透くんがいない学校へと通うことになったのだ。透くんと離れてから、彼のことを思い返せば思い返すほど、迷惑だっただろうなと考えが過ぎる。ただ付きまとうだけならまだしも、私は彼に余計なことばっかりさせてしまった。同じ市内で会おうと思えば会える距離なのに私は彼に会えずにいた。透くんが進学校に行ったと耳にしたのは私が高校に入ってから三ヶ月目のことだった。

 透くんに会わなくなってから、もうどれぐらい経ったのだろう。グラウンドを眺めても透くんの姿なんて見えるわけもないし、その向こうを見たって、言わずもがなだ。あの時はチョコレート菓子なんてあっという間に食べ終えることができたのに、今は食べても減る気がしない。食べ物を粗末にはしたくないのにこのままではだめにしてしまいそうだ。
 男子と目が合い、つい怯んでしまう。幼い頃から透くん以外と、必要以上に男の子と関わったことがないからどうすればいいのかわからないのだ。男子たちは私ではなく私の手元のチョコレート菓子を指し、これあいつもよく食べているよなと耳にしたことのある、そこまでありふれていない名字を述べたので私は普段の自分では考えられないようなアクションを起こしてしまった。

 まさか、と軽い気持ちで、彼らが口にした人について尋ねたら私が会えずにいる人だった。少し話をして、今彼がどうしているのか知られるだけでよかったのに何故か今私は透くんに会うためにカフェにいる。緊張を飲み込むようにミルクティーを体内に流し込んでいるのだがまるで意味がない。透くんに会ったらこれ以上に緊張することになるのに大丈夫だろうか。そもそも透くんは何故私と会うことにしたのか、会って何を話せばいいのだろうか。この場を設けた男子ら、米屋くんと出水くんはもうここにはいないし、考えることが多すぎる。ドアが開く音がして、振り返るとそこには透くんがいた。背は伸びているし、相変わらず綺麗な顔立ちをしている。私も今日透くんに会うとわかってたら軽く化粧ぐらいしてきたのに、今頃家に佇んでいるであろう化粧ポーチを恨めしく思う。透くんの後ろを追いかけていたときは、泥まみれであろうと気にしなかったのに私も随分考えることが変わったみたいだ。
「……お、おひさしぶりです」
「ああ」
 久々の透くんの声は私が会えずにいた間に幾分か低くなっている。でも、これは機嫌が悪いというのも含まれているような気がする。やっぱり、私と会いたくなかったのだろう。来るまでのやり取りは知らないがおそらく米屋くんたちに無理矢理呼び出されたんだろうな。透くんの今に興味があったとはいえ、申し訳ないことをしてしまったと思う。
「……ごめんなさい」
「何で謝るんだ」
「……透くんに、会いたいなんて思って」
 別に場所を設けられたとしても、強く弁解すれば彼らだって納得してわざわざ透くんと会わせようとも思わなかったかもしれない。でも、私は透くんに会いたいと思ってたからそれすらも中途半端で、いくつになっても透くんに迷惑を掛けてしまって、そのことが情けなくて思わず視界が滲む。
「……今まではそう思わなかったのか」
 うつむき、首を左右に振る。ううん、ずっと会いたかったよ。でも一回あったら満足できそうにないから。またいやな顔をされても気にせずに何度でも会いに行ってしまいそうだったから。いつか会いに行ったとき、もし透くんが女の子と一緒に歩いているところを見たらどうしようとか、たかが元近所に住んでいただけの奴なのに汚い感情は湧いてくるし、これ以上透くんが前へと進んでいくのを、私のエゴで邪魔をしたくなかったの。勝手にひっついて、離れて、ごめんなさい。鼻声になりながら、ぼそぼそと、なんとか紡いだが、透くんのそうだな、という言葉に私が悪かったのに胸が押しつぶされそうなほどに苦しくなる。
「勝手に離れられて、どうすればいいのかわからなかった」
 今日も、来たのはお前、なまえからだ。次こんな風に待たされるのはたくさんだ。私の手に透くんの手が添えられる。もう子供のというほど、あたたかくも、やわらかくもないそれだが、小さい頃迷子になった私を導いてくれたときのように安心できる、大好きな人の手だ。
「もう離しはしない」
 ぶれぶれな私とは違って、どこまでも真っ直ぐで鋭い視線を向けられる。お前はどうしたいんだ、なんて返事はひとつしかない。もう自分がどんなに見苦しくても構わない、この人が手を引いて歩いてくれるのなら。鞄にしまい込んである食べかけのチョコレート菓子も、次は幸せと共に噛みしめることができる。

20140612