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※痛々しい描写。夢主は死にます(?)

 わたしの上半身と下半身は離ればなれとなってしまった。痛い。わたしの下半身はずいぶん遠くへと飛ばされている。這いずって取りに行きたいけど無理そうだ。脚がある方がこっちに来てくれたっていいのになあ。不便なものだ。任務中に真依ちゃんの不意をついた呪霊から庇ったらこうなってしまったのだが、敵は倒せたし、真依ちゃんも見る限り大きな傷を負っていなさそうからよかった。多分わたしはこのまま死んでしまうんだろうな。昔のことばっかり思い浮かべているし。
 わたしと真依ちゃんは数年前に禪院家の倉の中で出会った。わたしがうっかり迷い込んで眠っているところを真依ちゃんが見つけてくれたらしい。そこからわたしは真依ちゃんにくっつくことにした。真依ちゃんは鬱陶しそうにしていたけど、あまり気にせずくっついていたら諦めたのか呆れたのかはわからないが、つきまとっていても嫌な顔をしなくなった。うれしかった。真依ちゃんとは高専で色々な任務をこなした。大変なことの方が多かったけど真依ちゃんと一緒だったから楽しかった。もうそんな幸せだった日々が終わってしまうなんて信じたくない。こんなときなのに、わたしの瞳からは涙もこぼれ落ちない。自分が死ぬときは、泣かないものなのか。初めて知った。
 真依ちゃんは任務が終わったという報告を終えてからわたしの元へと駆け寄ってきてくれた。わたしの方に先に来てくれてもいいのにね。真依ちゃんはつれない。

「なまえ」
「真依ちゃん、大丈夫?」
「平気よ……アンタは」
「痛いって思ってたんだけど、今は眠いかな」
「……そう」
 もういいから、という真依ちゃんの言葉と共にわたしの視界は暗くなった。真依ちゃんの掌によって覆われたんだと思う。真依ちゃんの手、温かい。聞き慣れない言葉が聞こえたと思ったら、眠気に襲われた。寝たくはないんだけどなあ。最後まで真依ちゃんとお話していたかったよ。どうしてわたしの体は裂かれているのに、血が出ていないんだろうね。おかしいね、とか。真依ちゃんは多分、知らないわと素っ気なく答えるんだろうな。それを確かめられずに、わたしは死ぬ。真依ちゃん、わたしが死ぬことは悲しまなくてもいいけど、どうかわたしのことを忘れないでいてね。わたしがいなくなっても、記憶として存在できていればわたしはずっと真依ちゃんのものでいられるから。わたしの願いはきっと、真依ちゃんの元には届かないだろう。


 なまえは眠っている。普通の人間だったら、身体の上と下で裂かれたら死んだと思うだろう。ただ、なまえは人間ではない。

 なまえは禪院家に代々伝わる呪骸だった。数年前に忍び込んだ実家の倉の、葛籠の中にしまわれていた。
 よくできた人形だと思いながら私がそれに手をのばしたら、強制的に呪力を吸われた。それに驚く暇もなく、なまえは目を覚ました。
 なまえは最初から私に馴れ馴れしくて、鬱陶しかった。呪力を込めた人物に付きまとうように組み込まれているのだろう。奪っておいて、勝手な奴だ。私は故意ではないとはいえ、家の呪具に許可なく手をつけたことをひどく責められたのに。それもあって私は飽きるまでなまえを粗末に扱った。
 なまえは自分が呪骸であるという自覚がないようだ。私のことを大切な友達だと思いこみ、優しくもない自分につきまとった。いつでもへらへらと笑うなまえを見ていると、八つ当たりする気もなくなった。呪骸に八つ当たりをし続ける自分が、馬鹿らしくなったというのもあるが。
 
 なまえと思しき呪骸に纏わる書物を読んだら、大幅に損壊しても核の部分さえあれば、時間の経過と共に修復することがわかった。なまえを作った呪術師は、随分と優秀なようだ。今回も、おそらく直そうと思えば直るのだろう。
 なまえの上半身と下半身が裂かれた際にそれらしき物を見つけた。彼女の核となる部分は私の掌に収まるほど小さい。硝子細工のようだ。呪力が込められているから、素手で壊すのは無理だろう。ただ、呪具を使えば可能そうだ。

 私は今から核を壊す。なまえをいつか蘇らせる気なんかない。
 これは誰かに指示されたわけではない。私の意志だ。なまえは甚大な損傷をしても核さえあれば直るが、それには膨大な時間が掛かる。書物によると少なくとも数十年、長いと百年以上になるらしい。しかもその後目を覚ますには、別の者の呪力を必要として、それ以降はそいつにつきまとうことがわかった。その上、一度眠ってから次に目を覚ますときには前の主のことを忘れてしまうらしい。
 下手したら私が死ぬまでなまえは目を覚まさないし、運良く私が生きているうちに目覚めるようになったとしてもなまえは私のではなくなる。それを知った日から、私はなまえが眠る際は、二度と目が覚めないように手を掛けようと決意した。別に、なまえが特別大事だからと言うわけではない。
 勝手に私の物になっておきながら、私の事を忘れるなんて気にくわない。こんな役立たずの玩具、最後に扱うのは私でいい。

 なまえの核を呪具で砕くと、なまえの身体も連動して粉々になった。本当になまえを作った呪術師は優秀なようだ。そいつ最大の失敗は、私となまえを出会わせた事だろう。せいぜい、あの世で悔しがるといい。なまえが最後に選んだのは私だという事実は、もう覆ることはないのだから。