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 次の授業は現代文だったな。いつも先生来るの早いよなあ、そんなことを考えながら私は準備をした。
「やべっ」
 隣の席からそんな呟きが聞こえたのは始業のベルが鳴り始めた頃だった。手嶋くんは授業の準備を直前までしていなかったようだ。視線をやると、手嶋くんと目が合う。彼は申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「悪い、教科書忘れたから見せてほしいんだけど」
 手嶋くんの申し出は難しいものではなかった。この間教科書使う課題あったから忘れちゃったんだろうななんて勝手な想像をする。頷き了承の意志を示したら手嶋くんはサンキューと述べて机をくっつけてきた。隣の席とはいえいつも机は離れていて、肩と肩が触れそうなんてことが起こりえなかったから緊張する。私、教科書に変な落書きしてなかったっけ。大丈夫かな。先生の指示通りのページを開いたけど、そこには数カ所に色ペンで線が引かれているだけで安心した。これなら手嶋くんに見られても大丈夫だ。
 そのページでは下人と老婆が接触していた。死人の髪を抜く老婆に理由を問う下人。先生がその理由の箇所を読んだ途端、手嶋くんが私にしか聞こえない声量で呟く。
「カツラが必要なのは先生だろ」
 思わず下を向く。たしかに先生は頭皮がちょっと、いや、大分寂しい。でも今言うことじゃないだろう。お陰で笑いを堪える羽目になった。俯いてるから手嶋くんの顔がよく見えないのだが、絶対今面白がってるよ。何で手嶋くんはそんな余裕なの、ずるい。なんとか波は越えたので持ち直して授業に集中しよう。そう決意したもののいつもより距離が近いからつい視線がそちらに行ってしまう。黒板と向き合っているからノートをちゃんととっているのかと思ったら、ルーズリーフにはデフォルメされてさらに頭皮の寂しさが強調された先生らしきイラストが佇んでいた。も、もうやめて。また目があった手嶋くんは相変わらず楽しそうだ。
「オレ青八木ほど画力ないんだよな、ほら」
 ほら、じゃないよ。何でわざわざこっちに向けてくるの。そういうのいいから。改めてまじまじと見てしまってついに私は噴き出した。咳で誤魔化そうとしたらそれが変なところに入って噎せてしまった。これは下手に噴き出すよりも目立ったかもしれない。先生が苗字大丈夫かと心配してくれるが大丈夫じゃないのはそっちだろと手嶋くんが耳元で言ったりするからいよいよ私はだめだった。何で畳みかけてくるの手嶋くんひどい。でも先生の寂しい頭皮のせいでこんなことになったからちょっとだけ恨みます。この授業は散々だった。折角手嶋くんといつもより更に近寄れたのに満足に楽しむ余裕もなかった。

 授業が終わった後、手嶋くんのことを見つめる。というよりも睨むという表現の方が正しいかもしれない。手嶋くんは悪かったって、とは言ってはいるが相変わらず楽しそうだ。
「そんな笑うと思ってなくてさ。お詫びに飲み物奢るよ。教科書見せてもらったしな」
 ココアでいいか?と聞かれて思わず言葉に詰まってしまう。手嶋くんはあのときのことを覚えているみたいだ。私にとっては大きな出来事だったが、手嶋くんにはそうでもないと思っていたからびっくりした。まだそれを口どころか手にもしていないのに顔が熱くなってきた気がする。それを悟られないように、頷いたら手嶋くんは任せろと言って教室を後にした。……一緒に行きたかったなあ、とか思ってしまう私は大分贅沢になった気がする。さっきは大分からかわれてたのに今となればそれすらも嬉しいなんて思ってしまう。手嶋くんに関する出来事が何もかも幸せに感じられる。恋とは世界をきれいに彩る絵の具のようだ。

20141116