text log | ナノ
「はい、なまえさん」
「……何か後ろめたいことでもあるの?」
「かわいくな!」
そんな反応ある? とぶうぶう言いながら涼太は着てきたコートをハンガーに引っ掛けてご丁寧にウォークインクロゼットにしまった。多分それなりにいいコートなのだろう。
涼太がわたしに差し出してきたのはちいさな花束だ。自分は花に詳しくない為名前はわからないが可愛らしい花たちで彩られている。
「フツーになまえさんにあげたいって思ったから買ってきたの!」
なのにそんな反応されたから傷ついた! と拗ね始めた。なまえさんの所に来なきゃよかった。もう帰ろうかなーと言いつつもわたしが準備した部屋着に手をかけるところが可愛いな。帰らないのはわかっているけど、このまま機嫌を損ねたままだと面倒なので何とかしておかなければ。
「ごめんごめん」
「気持ちがこもってない!」
ばれたか。文句は言いつつもちゃんと部屋着に着替えたようだ。身に纏っているのはわたしがこれを着ている涼太見たさに買った部屋着の定番のブランドのもこもこのパーカーだ。ズボンは丈で詰むのが目に見えてたしそれで脚が長い云々と言われるのも癪だった(何回も聞いた)ので別のサイズ展開が豊富なところのものを選んだ。パーカーもだいぶ袖が足りていないが触り心地の良さでチャラにしてもらいたい。初めてパーカーを見た涼太に「この間撮影の時に着たところのやつだ」とモデルっぽい発言をされたが聞こえていないふりをした日が懐かしい。
三万円したかしないかのあちこちに傷がついたソファーで寝そべって、多少くたびれてしまったサイズ感がちぐはぐのルームウェアを着て、マカロンのクッションを抱えて不貞腐れているだけなのにここはどこぞの雑誌の撮影ですか? と勘違いするほどに絵になってしまうから困る。本人には言われ慣れてるだろうから改めて言ったりしないが。
寝転ぶ涼太の隣に無理やり詰めて座ろうとしたらくちびるを尖らせてまだ拗ねてますよというアピールをしつつもわたしが腰掛けるためのスペースを空けてくれた。涼太に寄り掛かって、体重を乗せても何でもないみたいに受け入れてくれるところが好き。わたし以外にそこが好きだと言える人はいないし、今後も存在させるつもりはない。
「りょーたくん」
「……なに」
「花も選んでくれたの?」
「そうだよ」
「わたし、お花のこと詳しくないから教えてほしいな」
「もう忘れた」
なまえさんが冷たいせいだ! と責任を押し付けられてしまった。これで馬鹿にすると拗れるから流石にやめておく。そこまで念入りにケアをしていないはずなのにやたらと綺麗な髪(スタイリストさんとかの努力の賜物かと思われる)を撫でながら思い出せたかを尋ねたら、まだ思い出せないと返された。まだ、ねぇ。
「じゃあ、こうしたら思い出せる?」
「…………一個だけ思い出した」
額に唇を落としたらこうだ。もう少しごねられると思ったが、割と容易い。おそらく機嫌を損ねることに飽きたのだろう。拗ねた原因がわたしにあるとはいえそれすらにも飽きてしまうこともかわいいなと思えてしまう。拗ねてたときも面倒でかわいかったが。
「ん」
「はいはい」
ご丁寧に唇を指さしながら瞳を閉じてこっちに顔を向けてきた。わかりやすくてありがたい。ときどき面倒だが簡単でかわいい彼氏の唇にキスすると満足したのか、間抜けな声を漏らしながらぎゅうっと抱きついてきた。
「……うれしくて店員さんの説明飛んじゃった」
「えー」
「うそ、ちゃんと覚えてるから全部聞いて」

20210108