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 一松くんと私は恋人同士のようだ。後ろに(仮)とつけた方が良いかもしれない。彼に好きとかそういうことを言われたわけではない。
 彼とは私が飼っている猫を切っ掛けに出会い、どういう訳か家に入れることになった。それを何度か繰り返していて、一人暮らしの女の家に男が入り浸ることについて難色を示した彼に「それなら付き合ってることにすればいいじゃん」と告白とは言い難い、提案のようなものをしてしまったのだ。付き合っていることにするって何だ。私も普通に付き合ってくださいと言えばいいものを。軽いノリでそういうことも言えなくなるほど私の意識は彼に傾いていたようだ。その時ばかりはいつも気怠そうな一松くんの瞳もさすがに揺らいだ。一松くんの口元はいつもマスクで覆われているため表情を読み取りきることはできなかったが。一松くんは私の提案に、賛成も反対もしなかった。相変わらず、彼が私の猫と戯れるだけで一緒の時間は終わる。しかし帰る際に「明後日、来るから家にいて」と私に告げた。今まで一松くんが、私に次の訪問をほのめかす発言をしたことはなかったのだ。……ということはなどと、少ない言葉で大きな期待をすることは許してもらいたい。その日から私と一松くんの交際(仮)は始まったと思っている。

 交際(仮)開始から数週間。一松くんは相変わらずだった。やっぱり私の告白紛いな提案は通ってなかったのかもしれない。一松くんに会ってから大分時間は経っているが、彼の意図は読めないままだった。それでも彼が猫目当てであろうと私の元に来てくれるのは嬉しいことだった。うちの子はいいなあ、一松くんに甘えることが出来て。というか、あの子もあの子で一松くんに懐きすぎだと思う。一体どちらにもやもやしているのかわからなくなってきた。とりあえず、一松くんに嫉妬していることにしよう。うちの子は一松くんの膝の上で丸まっているので、近付くと一松くんとの距離が縮むのは当然だ。隣に座って、一松くんの顔色を伺うが今日もマスクをしているため、何を考えているのかはわからなかった。……そろそろ一松くんにマスク禁止令を出してやりたい。いや、彼女(仮)にそんなこと言われてもうざいだけか。
「……一松くん懐かれてるね。ひょっとしたら私よりも好かれてるんじゃない? よしよし」
 とりあえず、猫に近付いたアピールをするために、猫の頭を一撫ですると不満だったのか、一松くんの膝から降りて部屋の隅の方に向かっていった。…………私君の飼い主のはずなんだけどなあ。不純な動機で近付いたことがばれてたのか。
 猫に去られたため、一松くんの元から隣にいる理由がなくなってしまう。どうしたものか、と挙動不審なのは承知の上で猫と一松くんを交互に見ていると、一松くんの方を見る度に彼と目が合い、ずっと一松くんに見られていたことに気づく。な、何で一松くん私のことを見てるんだ……? ひどい偏見だけどこの部屋での一松くんの視線の先の八割は猫だと思っていたのでとても驚きだ。驚いている間に、何と一松くんの顔が近付いてくる。これは、顔に睫毛がついているとか、猫の毛がついているだとかそういうパターンなのだろうと、そこまで期待せずに(ちょっとだけ期待してしまうのは許してほしい)瞳を閉じて一松くんの行動を待っていると、唇に、何かが触れてきた。まさか、あの一松くんが。いやじゃない、むしろうれしい。うれしいけど、感触が唇と唇、という感じがしない。その間に何か隔たりがあるような、ないような。この場面においてはマナー違反かもしれないが、うっすらと目を開けると一松くんの口元は相変わらずマスクで覆われていた。あ、これマスク越しのキスだ。それでも、一松くんが私にキスをしようとしたという事実だけで心臓はうるさくなるし、どうにかなってしまいそうだ。一松くんも唇を離してからすぐに違和感に気づいたのか、不服そうに眉をしかめる。眉をしかめながらもマスクを下げたので、まさかと思ったら今度はちゃんと唇と唇が重なった。すぐに離れたが、その後の沈黙が、何故だか重いような気がする。私が嬉しくて浮かれているからだろうか。普段一松くんと一緒にいるときの沈黙はまるで苦じゃないのに、今だけは何か言わないといけない気がした。
「い、一松くんも……その……、緊張して失敗とかするんだね……」
「……何、ダサいって言いたいの?」
「ううん、私もすっごくドキドキしたから嬉しいなあって」
「…………なまえさんって、おめでたい頭してるんだね」
 一松くんがいつもより喋る代わりに意地悪だなあって思ったけど、その口元を覆うマスクの位置が元通りになる前に、見えた頬が赤くなっていたから都合良く捉えることにした。言葉が多くなっても抱く希望は大きい方がいいもんね。とりあえず、私はさっきまでつけていた(仮)はいらなくなりそうだ。