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 カラ松くんが部屋の端っこで丸まっている。原因は私だ。そわそわしたカラ松くんにバレンタインの予定を問われたので、それに友達と遊ぶ予定だと答えたらわかりやすくへこんでしまったのだ。
「しょうがないじゃん。みんなニートのカラ松くんと違って忙しくてその日しか会えなさそうだったんだもん。久しぶりに会いたかったし」
 別にバレンタインだから友達と遊ぶって訳じゃなくてたまたま皆空いていた日がバレンタインだったってだけなんだし仕方ないで割り切ってくれないものか。でもカラ松くんはそういうイベントとか大事にする人だしなあ。チョコがほしいってだけならいくらでもあげられるんだけど。
「チョコは前の日に渡すしさ。まあ今も食べてるけど」
 この時期はおいしそうなチョコレートがあちこちで売られているからついつい手が伸びてしまう。それを全部食べるのはさすがにあれだからと、カラ松くんにも半分食べてもらっているのだ。これは一応内緒だがカラ松くんのチョコの好みのリサーチも兼ねている。今のやり取りもチョコレートをつまみながら行っていた。もう一粒とつまんだところで横目で様子を伺ってみたがカラ松くんはまだ立ち直りそうにない。
「ハニーはわかってない……わかってない……」
 めんどくさいなあ、かわいいけど。本当はわかってるよ。カラ松くんが何をほしがっているのかなんて。市販のチョコよりも私の手作りチョコがほしいんでしょう。恋人の手作りとか好きだもんね。初めてご飯をふるまったときの喜びようは今でも覚えている。でも普段進んでお菓子づくりをしない私にいざイベントの為に作らせたところで材料を混ぜて焼いただけのものしかできないからいやなのだ。多分、いや絶対カラ松くんはそれでもすごく喜んでくれると思うが、私の気が済まない。どうせなら好きな人にはちゃんと美味しいものを食べてほしい。私が美味しいもの食べたいってのもあるのだが。買った物にも移動距離とか、お金の分とか、いっぱいの愛情は込められるもの。
 譲歩する気はないが、カラ松くんの機嫌は直しておきたい。カラ松くんはバレンタインに手作りがもらえない上私と過ごせないのがよっぽどショックなのか(自分で言ってて恥ずかしい)まだいつもの調子に戻らない。どうやってカラ松くんの機嫌をとろうかなあ。チョコを見つめながら考えていたら我ながら馬鹿だと言いたくなるような行動が浮かんだ。でも、私にも少しの罪悪感はあるから、できることならしてあげたいし。決心のついた私はカラ松くんの肩を叩き、こちらを向かせることにした。
「ん」
 つまんでいたチョコをくわえ、カラ松くんの方へと突き出す。カラ松くんは目をぱちくりさせている。恥ずかしくなるからそんな顔しないでほしい。もうどうにでもなれ。勢いに任せて、唇を重ねる。カラ松くんが私の行為の意図を汲んでくれなくて、すぐに口を開けてくれないから大変だった。ようやく薄く口を開けたところで、舌を使いくわえていたチョコをカラ松くんの口の中に捩込む。唇を離したので自分のを舐めてみたが、少しだけ甘いような気がする。カラ松くんは顔を真っ赤にさせて驚いていてさっきまで落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「その、今の……」
「売っているチョコでも、これぐらいできるんだよ。これでもまだ手作りがほしいって言う?」
 今、多分私の顔も赤いんだろうなあ。もう少しスマートにやるつもりだったけど無理だった。でもまあさっきのどんよりした空気から変わったからよしとしよう。カラ松くんは相変わらず赤い顔をさせながら口を開いた。
「その、もう一回やってくれたらもう言わない、と思う」
 もう一回って、これ、かなり恥ずかしいんだけどなあ。でもまあ、一回やったら二回も同じかな……? 最初の一回目が手作りチョコじゃないことへ、次のがバレンタインに用事を入れたことへのお詫びってことで。カラ松くん受け入れてくれるかなあ。多分、この様子なら大丈夫そうだ。
「じゃあ次はすぐ口開けてね……?」
「ああ」
 先ほどと同様、チョコレートをくわえた状態で唇を重ねる。今度はカラ松くんはすぐに口を開けてくれたので何事もなく終わると思ったのだが、私の見解は口にしたチョコレート以上に甘かったようだ。口が開くのとほぼ同時で舌が割り込んできて身体が強ばる。先ほどと違う流れに危機感をおぼえた私は舌を引っ込めようと試みたが一回カラ松くんのに捕まったら逃げられるわけもなく、咥内で蠢く彼の舌に翻弄されるしかなかった。チョコレートが私とカラ松くんの咥内を行き来する最中、チョコレートの口移しは興奮作用を伴うってのをふと思い出した。最終的にキスでいっぱいいっぱいになってしまった私はチョコレートがいつなくなったのかもわからなかった。何で私がカラ松くんの下にいるのかもわからない。頭がぼーっとしているから何も考えたくない。
「正直、今までチョコレートの違いはわからなかったんだがこれは特別だな」
「ば、ばかじゃないの……」
 憎まれ口を叩いてみたものの、まるで堪えていない。荒い息が耳に当たってぞくぞくする。これは、逃げられない。何度も経験がある流れだからわかる。頬を滑る指一つにも反応してしまう私に対抗の術はないのだ。
 さっきまで一日一緒にいられないってだけで落ち込んでたくせに。もう絶対バレンタインについての文句は聞き入れてやらない。何も考えられなくなる前に私は決意した。