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 新しいマニキュアを買ったから早速塗りたいと思う。ボトルを捻って少しの時間が経てばあまり広い部屋ではないので、すぐにマニキュアの匂いでいっぱいになる。私は慣れているから、そこまで気にはならないがそうではないおそ松にとっては不快なようだ。眉間に皺を寄せながら、マニキュアのボトルを指さし「それ、くさくね?」と不満そうに言われた。私の家なのだから文句を聞き入れるつもりはない。
「あんたが普段行ってるパチンコなんて臭い上にうるさいじゃない。それよりはマシ」
 パチンコ帰りも構わずうちに来るから、消臭剤が欠かせなくなったと文句を言えばまあまあと適当に流そうとするから憎たらしい。まあ、そういう時に門前払いできない私の負けなのだが。話がうやむやになったところで私はまた自分の爪と向き合うことにした。爪を塗っていると、見られているような気がしたので視線を爪から、おそ松の方に向けると案の定、目が合う。
「何?」
「んー、臭いけど割と眺めはいいかもな、って思って」
 眉間に皺寄せて、唇とがらせて、なんかやらしーってにやにやと笑うおそ松に馬鹿じゃないのと言ってもあんまり堪えてないようだった。本当のことを言われたぐらいではへこたれないようだ。視線にむずがゆくても、続きをしないとどうにもならない。再び自分の爪に色を付けて、片手すべての爪が真っ赤になったところで、ひとまず乾かすことにする。すると今度はおそ松から声を掛けてきた。まだ見てたのか。
「そっち、塗らないのか?」
「こっちの手乾いたら塗ろうかなって、利き手塗るの難しいし」
「ふーん……じゃあ俺塗ってみたい!」
 私の言葉にそこまで興味なさそうに相槌を打つからもう見てるのも飽きたのかと思ったら予想外の提案をされた。あまりにも唐突で驚いていると「だめ?」と問われてついだめじゃないと答えてしまった。その聞き方はずるいと思う。可愛いからうっかりいいよと言いたくなってしまいそうだ。現に今そうなってるし。
 
「はみ出さないようにね。あと、乾くの遅くなるから何度も重ねて塗らないで」
「はいはい」
 返事軽いな、いつものことだからもう指摘なんてしないけど。じゃあよろしく、と私が言えばおそ松の視線は私の爪へと注がれる。おお、割と真剣な顔してる。珍しい。たしかにこれは見たくなるかもしれない。さっき私を見ていたおそ松の気持ちが少しだけわかった。色づいていく爪も、そこまで目立ったはみ出しもない。任せるまでは少し不安ではあったがこれなら心配なさそうだ。視線は相変わらず爪のままで、おそ松は口を開く。
「手、ちっさくて、やわらかいな」
「小さいのはともかく、やわらかいのはよくわかんない……」
 曖昧な受け答えをすればそうか? と沿えられてただけだった手を握られる。そんな予想外のアクションに驚いて少し身体のけぞらせてしまった。それに対しておそ松は「動くなよー」と笑う。誰の所為だと思ってるの。
「なら、びっくりさせないでよ」
「悪い悪い」
 そんなやりとりをしている間にも、私の爪は色づいていく。塗っている途中で飽きたと言う可能性も危惧していたが、その心配は必要なかったようだ。少しだけ彼に対する見解を改めるとしよう。

「できた!」
「おお、割とよくできました」
「『割と』は余計だろ、っと」
 手首を掴まれ、おそ松の方に手のひらを見せる状態になる。何かと思えば指の腹に唇が落とされた。うわ、あざとい。わざわざ音を立てるところがいやらしい。指の隙間から覗く、おそ松の表情はいたずらに成功した子供のようだった。自由が利く方の手で額を小突いてやれば、掴まれていた方の手はすぐに離された。心臓はこれ以上やかましくならずに済みそうだ。
「……何今の」
「仕上げ?」
 もう一度小突いてやった。何馬鹿なこと言っているんだか。それでもおそ松は私の色づいた爪を見て満足そうにしていた。さっきまでくさいなどと文句言っていたくせに、自分で塗って褒められた途端気に入ったのだろうか。単純な奴め。
「そんなに爪塗るの楽しかった?」
「いや、改めて見ても真っ赤だな〜って思ってさ。もしかして、俺のこと意識した? なまえ、そういうとこ、可愛いよな〜」
「…………ばっかじゃないの」
 おそ松の言う通りだ。私はこのマニキュアを見たとき彼のことを思い浮かべて、あっという間に購入に至っていた。今日初めて使ったというのに、彼に勘付かれてしまうなんて。可愛くない捨て台詞を吐くことはできたが、否定も肯定もできていないから、おそ松には見透かされているのだろう。にやにやとからかうように笑う彼が憎たらしくて、思わず拳を握りしめそうになったがまだ乾いていないマニキュアがそれを許してくれなかった。