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「私、東京に行くから」
 大好きな人が、少しの荷物を抱えてわたしの元にやって来たと思えば、死刑宣告にも近い発言をされた。アンタには言っておこうって思って、そう言ってはくれたもののまるで喜ぶことはできなかった。ついにこの日が来てしまった。わたしはもう、のばらちゃんに会えないんだろうな。わたしを見ているようで、別のものを見据えているのばらちゃんの瞳。のばらちゃんがわたしの向こうに何を見ているか、そんなものは気付きたくなかったけどいやでもわかってしまう。のばらちゃんは沙織ちゃんに会うために東京に行くのだろう。
 沙織ちゃんはわたしが出会った中で、二番目に素敵な女の子だ。一番はのばらちゃんだ。それが覆る日は死んでもやってこないだろう。
 のばらちゃんはかっこよくて素敵な女の子だけど、それに対して沙織ちゃんは誰が見ても可愛いと言うような素敵な女の子だった。のばらちゃんは沙織ちゃんのことをとても気に入り、一緒にいようとした。わたしはそんなのばらちゃんに一生懸命くっついていた。のばらちゃんも沙織ちゃんも優しいからわたしを疎むことはしなかったが、気付けば二人の間には、わたしには入り込めない特別なものが芽生えていた。
 もうのばらちゃんの一番の友達はわたしじゃないんだろうな、と思った頃に誰が言い出したのかは思い出せないが、沙織ちゃんが気にくわないといった人が現れた。
 どうしてそんな誤解が生まれたのかはわからないが、沙織ちゃんは田舎者を馬鹿にしている、という噂が流れた。その噂が広まると共に、沙織ちゃんへの嫌がらせが始まった。わたしがそれに加わることはなかったが、それを止めることもしなかった。
 のばらちゃんから見たらわたしと嫌がらせをしたクラスメートもさして変わらないだろう。だって、わたしも沙織ちゃんが転校するって聞いた日にひどく安堵してしまったのだから。これでわたしがのばらちゃんの一番に戻れる、なんて馬鹿みたいなことを考えた。わたしにとってのばらちゃんの代わりがいないように、のばらちゃんにとっての沙織ちゃんの代わりなんていないのに。
 沙織ちゃんがいなくなってから、のばらちゃんはよく遠くを見つめるようになった。のばらちゃんはわたしのことを無視しないでいてくれたが、それでも前みたいに、素敵な笑顔を見せてくれることはなかった。それでも、のばらちゃんの近くにいられるのが嬉しくなってしまうわたしはとても愚かだと思う。のばらちゃんはわたしのことなんてまるで見ていないのに。

 沙織ちゃんへの嫌がらせが始まったときに、彼女を庇っていたらのばらちゃんがこうしてどこかに行くと言い出さずに済んだのだろうか。ううん、理由がどうであれ、沙織ちゃんがどこかに行くとなったらのばらちゃんは沙織ちゃんのことを追いかけてしまうんだろうな。のばらちゃんはわたしなんかと違って、一人でも飛び出すことができる強い人だから。わたしはのばらちゃんがいなくなった後も、この村でのばらちゃんのことを想うだけで何も出来ないんだろうな。のばらちゃんがいなくなってしまう今でさえも、何も大切なことが言えないいくじなしだから。

「じゃあね、なまえ」
「……いってらっしゃい」
 のばらちゃんは、再会を連想させる言葉を紡ぐことなく踵を返して行ってしまった。帰ってくるつもりなんてまるでないのだろう。わたしじゃ、のばらちゃんの帰る理由になれなかったんだろうな。十年以上、のばらちゃんを好きでいたわたしは、一年も満たない付き合いのあの子に勝てないのだ。
 せめて、あの二人が再び出会うことなく何もかも終わってしまえばいいのに。そんな呪いにも似た祈りが、通じたか確かめる術さえもわたしにはないのだ。

20181029