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 赤い靴の絵本を読んだとき、私もあの靴の魅力に囚われてしまったようだ。あの日から私はずっと理想の赤い靴を探している。でも現実は厳しく、なかなか私の思い描く赤い靴は見つからない。
 久々に絵本を読んだ次の日の朝、寝坊をしてしまった。朝食も食べずに慌てて家を出る。いつもだったらまだ開いていない駅前の店が開いている。まずいなあ、椚先生に見つかったらなんて言われてしまうだろうかと思いつつお店を横切るとある物が目に入る。それはずっと私の探していたものだった。色味、光沢感、ヒールの高さ、どこをとっても文句なし。私が理想にしてた赤い靴そのものだった。
 私は遅刻しているのも忘れてその靴を買った。財布が一気に軽くなってしまった。朝食べ損ねたから購買のお世話になるつもりだったのだが、それすらも叶いそうにない。それでも私は赤い靴を手に入れることができてとても嬉しかった。
 放課後、ユニットの皆に練習の指示を出した私は隠れるように中庭の端にやってきた。朝買った赤い靴を履くためだ。なんとなく、恥ずかしくなって皆から離れてしまったが感想を言ってもらえばよかったかもしれない。まあいい感じだったら後で戻って皆に見てもらえばいいか。箱を開けて、中身を取り出す。買う際は気分が高揚していたからある程度時間が経った今、目にしてみたらそうでもないなと思うかもしれないと少しだけ不安はあったが改めて見てもやっぱり私の理想通りの赤い靴だ。
 いよいよ靴を履くときがきた。今まで履いていたローファーを脱ぎ捨て、赤い靴へと足をのばす。やっと抱いていた夢が叶った。靴を履いた途端に満足してしまうかと思ったが、そんなこともなく、私の興奮は冷めない。このままどこにでも行ける気がした。
 そう思った私が足を踏み出したと、その足から靴が脱げたのはほとんど同時だった。履く人がいなくなった靴はむなしく地面に転がる。かろうじて履けていた靴もすぐ脱げてしまった。履いていた時も少し違和感を覚えていたのだが、気のせいだと思いたかったが無理だった。やっぱりこの靴は私には大分大きいようだ。急いでいたこともあったが、理想の物を目にしていたこともあってまともな判断ができていなかった。せっかく欲しかったものを手に入れることができたと思ったのに、こんなことで躓くなんて。
「ちょっと、何してんの」
「……瀬名先輩」
 靴のサイズが合わないショックで放心していたら、瀬名先輩に声を掛けられた。いつも遊木くんのことに一生懸命だから(だいぶオブラートに包んでいる)私の事なんて視界に入れないのに。
「なまえがいるならゆうくんもいると思って来たんだけど」
 うん、瀬名先輩は相変わらずだった。遊木くんはここにいないからもう私に用はないだろう。しかし未だに瀬名先輩は私の元から去ろうとしない。
「ねえ、何で靴履いてないの」
 流石に興味のない私に対しても外で靴を履いてないことは指摘をするようだ。理由言わないといよいよ変な子だけど、言ったら言ったで頭の弱い奴だと思われそうだ。まあ、この件については否定ができないのでちゃんと説明をすることにした。
 瀬名先輩は私の話について特に大きい反応を見せることもなく、私の足下に転がっている靴を拾い上げた。いつまで何も履かないでいるつもりなの、という指摘に少し冷静になりやっとローファーを履いた。こっちは憎たらしいほど私にぴったりだ。
「……そもそも、この靴デカすぎ。男の俺でちょうどいいぐらいじゃないの」
 そう言うや否や瀬名先輩はそれを履いた。靴にはそこそこに高いヒールがついていて、ましてやここは芝で足元が悪いはずなのにこの人はバランスを崩すことなく綺麗な姿勢で立っている。普段の遊木くんへの態度が印象的だったが、やっぱりこの人は凄いんだ。ヒールの効果で脚が長く見えてるし、赤のせいか艶っぽさが引き出されている気がする。瀬名先輩の今の姿はおそらく、先程の私なんかよりもずっと画になっているだろう。
「ちょうどいいどころか、ぴったりなんだけど」
 歩き出しても脱げるなんて間抜けな事態が起こることもなく、瀬名先輩はモデルのランウェイを連想するような足取りで私の元から遠ざかる。あの靴は、私じゃなくて瀬名先輩を選んだのだ。悔しくて後ろ姿を見つめていると視線が刺さったのか、満足したのかはわからないが瀬名先輩は私の元に戻り、靴を返した。
「で、それどうするの?なまえ履けないなら持ってる意味ないじゃない」
「……もう大丈夫です。その靴がいいです」
 意味がわからないと言わんばかりに見つめられてしまった。私の話を聞いたら無理もないだろう。たしかに靴が私に合わなかったのは悔しかった。でもそれを履いた瀬名先輩の様子を見ていたら満足してしまったのだ。私は赤い靴を自分の物にしたかった訳ではなく、靴に合う人を見つけたかったようだ。あの本の主人公は最後まで赤い靴とは一緒になることができなかったから。この靴は私には合わなかったけどやっぱり私の理想の赤い靴で、それがぴったりに似合っていた瀬名先輩は私の夢を叶えてくれた人だ。
「瀬名先輩、ありがとうございます」
 お礼を述べたら、瀬名先輩の口が悪くなった。いつかを彷彿させるような態度に思わず笑ってしまう。そんな私の反応が気にくわなかったのかまだ不満を述べる瀬名先輩が少し可愛く見えてしまった自分はまだ夢から抜け出せていないのかもしれない。