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「じゃあ、私が塗ろうか?」
 利き手の爪を塗るのに悪戦苦闘している彼に自分がやろうかと申し出たらゆうたくんは嬉しそうに左手を差し出してきた。差し出された手のうち親指は既に塗られているが少しよれていて、彼の奮闘ぶりがうかがえる。女子の私でも利き手を塗るのは大変だからゆうたくんの気持ちはわかる。そういえば、私が最後に爪を彩ったのはいつのことだろうか。少し思い返してみてもぴんと来ず、女子力という言葉が嵐ちゃんの声で再生されたので考えることはやめにした。今はゆうたくんの爪に集中だ。

 あれこれ模索した結果、ゆうたくんの手を取って塗るのが一番やりやすいという結論に至った。居心地悪そうにしている彼は何だか可愛らしく見える。やると言っておいて人の爪を塗ることなんてそうそうないから緊張が走るものの、なかなかに上手ではないかと心の中で自分を褒める。人差し指と中指を塗り終え、折り返しというところでゆうたくんが「やっぱり上手ですね」とぼそりと呟いた。
「さすが女の人って感じです」
「ありがと、でも実はマニキュア塗るの久々で緊張してるんだ」
 いざ褒められると照れくさい。正直に言うと俺でよければ練習台にしてやってくださいと笑ってくれた。ゆうたくんはいい子だなあ。
「でも人のってやっぱり塗りやすいね。あと、ゆうたくんの爪は私のより大きいからかはみだしにくいし」
 元々マニキュアを塗るために集中していたし、ゆうたくんもそれに合わせてくれていたから静かだったのだが、空気が変わったような気がした。今、私変なこといったのかな。もしかしてゆうたくん爪の大きさがコンプレックスだったのだろうか。それだとしたら申し訳ない。ゆうたくんの爪と交互を見ていたら、口元をほころばせた。
「爪だけじゃなくて、手もなまえさんより大きいですよ」
 ゆうたくんはそう言ったかと思えば添えていた私の手を握った。いきなりのことで身体に力が入るが、握る手が今の今までマニキュアを塗っていたため下手にふりほどくこともできない。先程まで何でもなかったのに言われてみると彼の手は私のに比べると大きくて、ちゃんと男の子のそれで急に恥ずかしさがこみ上げてきた。こんなことしてくるゆうたくんの心境がわからない。私が慌てふためいているのを見て楽しんでいるのだろうか。キャッチフレーズにいたずらという言葉が用いられているだけあるなと不覚にも感心してしまう。
 恥ずかしさで顔を上げられなかったがずっとそうしている訳にもいかない。続きをやりたいからと促せばゆうたくんはすぐに手を緩めてくれた。言った通りに再びマニキュアを塗ろうとすると、ゆうたくんの顔が視界に入る。頬はそれほどではないのだが、耳や首もとが真っ赤で、先程以上に気まずそうでこちらにもそれが伝わってくるようだ。元々恥ずかしかったけど更に上乗せされたような気分だ。これでさっきみたいにうまくいかなかったらゆうたくんのせいにしてやるんだから。

2015XXXX