text log | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
 死んだ人が眠り、本当の最後に見送られるために作られたであろう物に、自らの意志で、脚で、そこへと入る行為だけでも十分に首を傾げたくなるようなことで、その上眠るなんて本当におかしいのに、何でここでは当たり前の光景と化しているのだろうか。そんなことを心の内でぼやく私もそれを見てもそこまで違和感をおぼえなくなってしまった。
 今ではその様子をまじまじと見つめるなんて、少し前では考えられなかったようなことまで行っている。いつも棺桶を締め切っている朔間先輩がそうせずに割と無防備に棺桶が開いた状態で眠っているから、その様な行動に至ったのだ。普段見えないところが見えるなら覗きたくなってしまうのが人の本能だと心の内で言い訳をしておこう。棺桶の中の先輩の様子を目の当たりにするのは初めてだった。そこで朔間先輩は安らかに寝息を立てている。先輩は手を胸の前で組んでいるがそれを行って眠ると悪夢を見ると聞いたのだが、先輩は違うのだろうか。
 もし大神くんがここにいたら先輩の様子を見て声を荒げたりしそうだ。だが今日軽音部の部室は大神くんも、葵兄弟も不在で、ここには眠っている先輩と私しかいない。先輩と二人きり、改めて自分の状況を反芻してみると緊張が走るのがわかる。しかし、それと同時に好奇心も膨らむ。一体私はどうしてしまったのだろうか。

 先輩の眠る棺桶に手を伸ばすと外よりも温度が低いような気がした。暑い日だったら便利かもしれない。まあそれでもここで眠るかと問われたら答えはノーなのだが。いつぞや寝心地を確かめてみないかと言われたときは反応に困ったな
 男の人にしては長い髪に触れてみると思ったより柔らかかった。起きたらシャンプーとか何を使っているか聞いてみよう。先輩は眠りが深い人なのか、私が触っていても起きる素振りを見せない。調子に乗って毛先を指で絡め、弄んだりもしたが特に反応も見せない。一瞬棺桶で眠り過ぎて本当に、とか頭に過ぎったが相変わらず先輩の息遣いが耳に入ってくるからそれはないだろう。
 そもそも私がここに来たのは先輩に呼ばれたからなのだが、呼んだ人が眠っているとはどういう了見なのだろうか。吸血鬼らしいから仕方がないかもしれないがそろそろ起こして私を呼んだ理由を知りたいところだ。肩を軽く揺すってみても反応がない。相手が先輩なのでそこまで雑に扱うこともできないし、どうしたものかと思いつつ指で頬をつついてはみたが反応はいわずもがなだ。起きないのがわかってて触った感じが否めないが、仕方がない。やっぱりアイドルをやっているだけあって肌もちゃんと手入れが行き届いているのか綺麗だ。数回つついて、果てには摘んだりもしたが相変わらずだ。正直もうお手上げだ。もう少し待っても起きなかったら、他に相手をしてくれる人も居ないことだし帰らせてもらおう。
「そろそろ起きてくれないと、帰っちゃいますからね」
「……それは困るのう」
 自分の呟きに、返事がきたと思えば体を起こした先輩と目が合う。やっと起きた。しかしそう思うには大分違和感があった。先輩は寝起きのはずなのに意識がはっきりしていて全然眠たそうな素振りを見せないのだ。その先輩の様子に私はある考えに至る。
「……いつから、起きてたんですか」
「とりあえず、嬢ちゃんには使っているシャンプーを教えてやらねばとは思っておるよ」
「はぁ……」
 あの時声に出してたのかとかそれ以前に、もうそれ顔に触れた段階では完全に目が覚めてたってことじゃないか。寝たふりなんて大人げない。私は朔間先輩への文句(本人には言わないが)でひとまず押し寄せてきた羞恥心を誤魔化すことにした。
「嬢ちゃんが可愛らしいことをするからつい見ていたくなってしまってな。すまんのう」
 もう駄目だ。羞恥心が完全に勝ってしまった。言葉では謝ってるけど全然申し訳ないとは思ってなさそうだし、むしろ楽しそうだ。赤くなった私の顔を見て、まだ恥ずかしくなるようなことを言ってくる。
「待つよりも自分で動いた方が、色々な表情が見られて良いのう。なあ、嬢ちゃんや」
「知りませんよ……もう、寝たふりやめたんだから用事を教えてください」
「……久々に嬢ちゃんと戯れたかっただけ、と言ったら怒るか?」
 もうこの人はどこまで私を振り回せば気が済むのだろうか。恥ずかしくて仕方がないはずなのに少し、本当の少しだけ嬉しいとか思ってしまうのは何故だろうか。おそらく先輩は人を惑わすタイプの吸血鬼なんだと思うことにした。からわれたから、まだ気づかないふりをしてやる。それが私の精一杯の仕返しだ。