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「#エロ」のBL小説を読む
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※海賊イベントネタ※

「おわったぁ……!」
 すべてを投げ出すようにビーチサンダルを脱ぎ捨て、砂浜を踏みしめる。とっくの前に日が傾いているので、砂で熱い思いをすることはない。イベントを終え、着ぐるみでのデート(のようなもの)も終え、後は帰るだけ。なんだか久々に自分の足を地につけたような感覚だ。着ぐるみを被っていた時間が長かったので今の状態に違和感を覚えてしまう。まあ、今回のイベントが成功したからよしとしよう。夜の海という状況にはしゃぐ人達と、その人達の暴走を諫める人を視界に入れながら、開放感による伸びをしていると背後から声が掛かる。
 声を掛けてきたのは本日の功労者である高峯くんだった。ライブの時の衣装とは打って変わってラフなTシャツとハーフパンツといった軽装をしている。コンセプト上仕方ないが、あの衣装は暑かっただろうなあ。それでも本番、ゆるキャラの為とはいえあそこまで活き活きした姿を見せた辺りやっぱり彼はアイドルなんだなと実感させられる。個人的にはその前後の方が色々と凄かったけど。
「高峯くん、おつかれ」
「苗字先輩も、お疲れさまです」
 高峯くんは私の隣にやってきたものの、お互いに労りの言葉を掛けてから特に何かを言う素振りは見せない。私が着ぐるみを被っていたときはあんなに恥ずかしくなるような台詞を言ってきたのに。あの時隔てるものが何もなかったら、私の顔が赤くなっていたのもばれていただろう。まあ、隔てるもの、もとい着ぐるみがなければ高峯くんは私に何かしたり言ったりすることはなかっただろうけど。物理的な距離は縮まったはずなのに、高峯くんは遠くなってしまったような気がする。着ぐるみが、ゆるキャラがなくたって慕ってほしいと思う自分は贅沢だろうか。
「苗字先輩? さっきから俯いてるけど大丈夫ですか?」
「っ! うわっ」
 考え込んでいたところに顔を覗き込まれ、その距離の近さに驚き、後ずさろうとしたら足を砂にとられ尻餅をついてしまった。一面が砂だから痛いということはないがこれはあまりにも間抜けすぎる。最後の最後でこれとか締まらないなあ、と考える私の目の前に「本当に大丈夫ですか」という言葉と共に手が差し出された。誰のかなんてわかりきっている。そういえば、先程と同じシチュエーションだ。でも、着ぐるみを被っているのと、いないのとでは全然違う。手だって、手袋と着ぐるみ越しじゃなくて直接触れなきゃだし、これは、今までの出来事よりも恥ずかしいかもしれない。
「ご、ごめんね」
 差し出されたそれを知らないふりするなんてこともできず、私は高峯くんの手を取る。直接触れた手からは体温が伝わってきて、それが私に上乗せされているんじゃないかと思うほど顔が熱くなる。彼は何でもないように、私を引き起こしてくれた。うう、こんなところで男の子なんだってこと実感させないでほしい。
「ありがとう。今の私でも、助けてくれるんだね」
 ……そういうつもりではなかったのだが厭味っぽかったかもしれない。目の前の高峯くんは首を傾げている。
「? ……苗字先輩だから、ですよ」
 さらりという効果音がつきそうな高峯くんの台詞に私は手で顔を覆って現実逃避をしたかったのだがそれは半分しか叶わなかった。何故か未だに高峯くんに手を握られているのだ。
「た、高峯くん。もう大丈夫だよ?」
「さっきも転んでたじゃないですか」
「そ、それは着ぐるみだったからだし……ね?」
 それっぽいことを言っても相変わらず高峯くんに手は握られたままだ。おかしい、彼は私が動揺するのを見て楽しむような質ではないはずだ。どうしよう、この状況。これ以上は私の心臓がもちそうにない。ぐらぐらと沸騰しそうな頭を抱えつつも高峯くんの顔を見据える。わずかに唇が動いているが、聞き取ることができない。何か言った?と問うと、高峯くんは顔を赤くさせたが、ゆっくりと私に聞こえるように言葉を紡いでくれた。
「あと、今日は『いちゃいちゃ』しましょうって……言ったんで」
 先程以上に刺激の強い状況に、言語能力を一時的に奪われてしまったようだ。まだ今日だから有効ですよね、と尋ねてくる彼には手を握り返すことでしか答えられなかった。