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汚い悲鳴をあげる善逸を抱えながら爺さんの元へと向かう。私は一応怪我人なんだから、手間を掛けさせないでほしい。善逸はいやだ怖い死ぬをうわごとのように繰り返している。案の定爺さんのところに連れて行ったらぶん殴られた。当然の報いだ。
ここでの修行を終えた善逸はこれから鬼殺隊に入るための最終選抜へと向かう。そこに受かれば、本格的に隊員となり、鬼を狩ることになる。とても難しく、危険で、その際に命を落とす者は多い。自分はその選別を受けることすら叶わなかった。だから爺さんに行くことを認められたこいつはそれなりに凄いってことなのに。
「いや! 無理! 俺は今度こそ死ぬ! ムリ!」
とまあこの始末だ。爺さんが何回か引っ叩いているがその意思はなかなか覆らない。

「まあ、死んだら兄弟子のよしみで墓の前で手を合わせるぐらいはしてやるからとっとと行ってこい」
「やだよぉ〜」
善逸はいつまでもべそべそと情けない面を晒している。まだ女の子とろくに仲良くなれていないのにと嘆くが多分この悪癖がある限り無理だと思う。いつになれば行く気になるのだろうか。最終選別の場に向かうにも時間は掛かるから早く心決めをしてほしいんだが。最悪気絶させてでも連れて行ってやればいいのか。

「死ぬやつのが多いところに突っ込もうなんて血も涙もない連中だ……」
「あるよ」
「どこが?!」
「お前が死んだら泣くから」
私の言葉に善逸は珍しく静かになった。信じられないと言わんばかりの顔をしている。善逸から見て私はどれだけ薄情な奴なんだか。
「なまえ、ほんとに俺が死んだら泣いてくれるの……?」
「……文句あるのかよ」
「ない!」
何が嬉しいのかわかりかねるが、善逸はえへへとだらしない笑い声を漏らした。こんなことでこいつは絆されてしまうのか。毎度のことながら色々と心配になってきた。来た切っ掛けもあれだから、無理もないのか。ともあれ、少しは前向きになった様で何よりだ。

「善逸が死んだらどんな花を供えようか」
「今その話しなくてもいいだろ?!」

こんな風にふざけていないと、お前がいなくなった後のことなんて考えられないんだよ。

▼▼▼
いやこの選別考えたやつ絶対に頭おかしいだろ。なんで俺たち鬼がうじゃうじゃいる山に放り込まれてんの? ここで七日間生き残れば合格とか言っていたけど、無理だろ。遠くから悲鳴が聞こえて、悲しくなったりするのはもうたくさんだ。早く帰りたい。帰れるかなんてわからないけど。選別に来たやつは、過半数が死んでしまうらしい。なんだよそれ。みんなそれ知っててきているとしたらおかしいだろ。何でそんなに鬼を倒すために必死になれるんだ。家族や大切な人が殺されたからっていうのが主な理由だろうが俺は家族なんて気づいた時には居なかったからよく分からない。なまえも、似たような感じなのだろうか。
なまえは爺ちゃんの補佐としている俺の兄弟子だ。実際は女子だから姉弟子だけど、多分ほとんどの人は知らないと思う。爺ちゃん曰く才能があって努力も怠らない良い弟子だったらしい。頑張りすぎて足を痛めて隊士の道が閉ざされたようだ。雷の呼吸って、脚が大事だからそこが駄目になっちゃうともうどうにもならないもんな。でもなまえは俺に対して嫉妬の音をさせながら接したりしないし優しいやつだ。殴られるとめちゃくちゃ痛いけど。

「ウワッッッ」
一瞬呆けていたら、目の前に鬼が出てきた。ずっと逃げていたようなしょぼめの奴じゃなくてやたらと強そうに見える。だいぶ人を食べたんだろう。刀はあるがろくに使いこなせる気がしない。俺、今まで死ぬって喚いてた割に平気だったけど今度こそ死ぬのかも。この間みたいに俺を助けてくれたなまえはいないし。

なまえ、俺が死んだら泣いちゃうんだよな。

▼▼▼
鬼に襲われて、なまえのことを思い出したら糸が切れたかのように意識を失って以降記憶がない。選別が終わって、鴉(雀)などを渡された。近いうちに指令を出すから修行を受けた場所に帰っていいらしい。俺が気絶している間に誰かが助けてくれたみたいだが、さっきいた奴の誰の仕業かはわからなかった。

「ただいま……」
爺ちゃんは俺が帰ってきたことに驚いてはいたが、すごい喜んでくれた。なまえは離れにいると教えてもらったのでそっちに向かう。洗濯をしていたようだ。
「なまえ!」
なまえは俺の呼びかけに対して何も声を発さない。まさかの無視? 動揺と安堵は耳から伝わってきたが、今ひとつわかりづらい。様子を伺っていたら、堰を切ったように涙を流しだしたので思わず目を疑った。

「なまえ?!どうした?!!!!」
「うる、さい……っ……」
驚きのあまり大声を上げた俺に対して憎まれ口を叩くものの、涙は止まらないようだ。なまえは生きて帰ってきても泣いてくれるんだ。生きててよかったなんて思うのは久しぶりだ。

20201113