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「#エロ」のBL小説を読む
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※34話ネタ紛いなもの

 いつものように、善逸の所へやってきた。あいつは修行中に何かにつけていやだつらいと泣きわめくから、頻繁に様子を見てやらないといけない。手の掛かる奴だ。

「善逸?」
 善逸が桃の木の前で立ち尽くしている。今、善逸は私に背を向けている状態で、声を掛けてみたのだが振り向かない。耳のいいはずのあいつが気づかないとは考えづらい。もしさぼりならたしなめなければと思ったが何やら様子がおかしい気がする。
 修行中に何か怪我をしたのだろうか。重傷ならまずい。善逸の元に駆け寄る。
「おい」
「ヒィッ」
 肩を叩くと、善逸は情けない声をあげながらこちらを向いた。なまえの声がしたのは気づいたけど、身体が動かなかったと謝られた。別にそれは大した問題ではない。見たところ、善逸には大きな怪我はないようだ。一安心だ。善逸に近づいたことで、ある違和感に気づく。

「……何か、甘い香りがする」
 善逸の肩がびくりと跳ねた。何かあったのかと尋ねると何でもないと首を振られた。何だその焦りようは、絶対に何かあっただろう。訝しげに見つめるが、善逸は何も答えようとしない。
「善逸、怒らないから私の顔を見ろ」
 そう言えば素直にこちらを向くのでこいつはいいなと思う。少し気まずそうに目をそらしているが構わない。善逸の顔に、何かがついている。桃の果汁? 甘い香りの正体はこれか。でも、何でこんなものがついてるのだろうか。桃を採ろうとして失敗したのか? こいつはそこまで間抜けではないと思うんだが。恥ずかしいから私に言えないのか? 別に、格好付けるような間柄でもないだろうに。よく見ると、桃の果汁は羽織にも及んでいる。

「善逸、今着替え持っているか?」
「な、い」
「別段大きな怪我とかはしてないな?」
「うん」
「よし。着替え取ってきてやる。ついでに何か食うか」
 善逸は私の言葉にわかりやすく嬉しそうにした。それに私が帰ってくるまではきちんと修行の続きをやれと付け足すとあからさまにいやな顔をした。怪我はないとわかっているから、喝を入れてやりたくなったが先ほどの様子を思い出す限りやめた方がよさそうだ。

 それにしても、あんな風になるあいつは初めてだ。何があったのだろうか。言いたくなさそうだったので、あれ以上問いつめようとは思わなかったが気にならない訳ではない。何か甘味を食べさせたら、いつもみたいにやかましくなるのか。
 色々と考えながら山をくだっていると、ある人物と鉢合わせした。私はともかく、こいつが私を嫌っているんだよな。
「出来損ないがこんなところで何してるんだ」
 獪岳は私が嫌いだ。理由は知っている。呼吸を覚えることなく、怪我によって剣士の道を絶たれたのにもかかわらずじいさんの元にいるからだ。こいつはじいさんのことが好きだから、気持ちはわからなくもないが。

「善逸の様子を見に行ってたんだよ。服が汚れて様子が変だったんだが獪岳、あいつには会ったか?」
「知らねえな、愚図のことなんか」
「……俺はいいけど、善逸のことは名で呼んでやれ」
「出来損ないだから愚図の肩持つのかよ」
「獪岳」

 獪岳は私の呼びかけを無視し、桃をかじる。それを見て先ほどの善逸の様子に察しがついた。獪岳があいつに何か言ったりしたのだろう。
 獪岳は私以上に善逸のことを嫌っている。才能もないのにずっと泣きわめいて文句を言っているが目障りだと前に言っているのを耳にした。文句が多くてやかましいのは同意だが、才能がないという点については反論したい。あいつは、この間無意識ながらも私を助けてくれたし。ただ、それを獪岳に言うのは酷だと思っている。あいつが用いた雷の呼吸、壱の型『霹靂一閃』は獪岳が唯一使えていないものだ。だから私はあの夜のことをじいさんにも詳細の報告をしていない。善逸自身も記憶がないので、あいつも使えることも知らないはずだ。

「何見てんだよ、出来損ない」
 獪岳は私の元から去っていった。多分、自分が善逸にしたことを私が気づいたのを察したのだろう。善逸がどうにかしてくれと言ったわけではないから、何もする気はなかったが。そもそも善逸が何があったかも言おうとしなかったし。あいつは獪岳を庇ったのだろうか。善逸の真意までは汲み取れないが、知られたくなさそうにしていたので、じいさんに告げ口などもする気はない。
 多分、獪岳を庇ったという事は善逸はあいつと必要以上に仲違いはしたくないのだろう。二人の関係に、これ以上罅を入れるような真似はしたくない。今後善逸があいつのせいでひどい怪我をすることになったら、話は別だ。二人の動向は、注意深く見るとしよう。

 私は雷の呼吸を得ることができないまま道を閉ざされたから、まだ壱の型だけしか使えない善逸も、それ以外を使いこなす獪岳も凄いと思っている。二人がいつか背中を任せて戦うのが見たいけど、それが来たとしても剣士ではない私が見ることはできないのが悲しい。
 失望させてしまった私に代わって、善逸には獪岳の立派な弟弟子になってほしい。枷になりそうだから、善逸には言う予定はないがそれができる奴だと私は信じている。

20190219