text log | ナノ
「それ、どうしたんですか」
 どうした、って開けたに決まってるじゃない。勝手に開くわけじゃないんだからと返されたが別にぼくはそういうことが言いたい訳ではないんですがね。
 なまえさんは聞いてもいないのに思いの外痛くはなかっただのどこぞで開けただの自分には不必要な情報をぺらぺらと喋る。彼女の耳元に佇む矮小なそれにひどく違和感を覚えた。なまえという女子の行動は理解しがたい。ただでさえ自分よりも穴が多い構造をしているのにも関わらず更に開けたがるなんて、よくわからないものだ。口にしたら彼女にはたかれるのは目に見えている。飲み込んだ言葉のかわりに溜め息をつくと竜持も開けたいのと見当違いも甚だしいことを言われた。
「開けると男運が下がるとか言ってませんでしたっけ」
「そんなこと言ったっけ。よく覚えてるね」
 この人は自分の発言すらも忘れてしまうのか。ぼくは貴女の一言で惑わされているというのに。貴女と交わした言葉を、交わされた言葉を忘れるなんてそんなこと、柄にもなく女々しいことを考えてしまった。彼女が特に何かしたというわけでもないが自分が女々しい思考を巡らせる原因であるということは紛れもない事実だ。皮肉やら、色々な感情を込めた視線を彼女に向けると相変わらず目付きが鋭いねとひらりとかわされた。この人は逃げるのが本当に巧い。 ぼくもひねくれていると年を悪戯に重ね、図体ばかりがやけに大きな人々に幾度となく言われたことがあるが、なまえさんも相当なものだ。今までそのひねくれた子供が自分なりに好意を向けてきたのにも関わらず、受け入れるわけでも拒むだけでもなく反らすばかりだ。それが非常にもどかしく、歯痒い。
 なまえさんは耳元のそれが気になるようで、ずっと弄っている。相変わらず何を考えているのかなんて、見当がつかない。
「……だから、竜持の隣なんて選んじゃったのかな」
 この人の言動は理論とか、ぼくの培ってきたものが全く通用しないから困るのだ。
「……悪くないでしょう?」
 ぼくの言葉に対し、ちょっと違うんだけどなあ、とこぼすなまえさんの呟きは聞こえないふりをしてしまった。
 いざこの人に近寄られると逃げてしまうぼくも大概なようだ。

20130806