text log | ナノ
「どうしてそんな顔するんですか」
 人前で泣くのは感情を共有したいからだとどこぞの誰かから聞いたことがある。今私が泣いているのはそういうことなのだろう。
 自分にはあまり涙を流した覚えがない。今よりずっと幼い頃は流石に必要な行為であったので泣くことはあったけども、気づくと年齢が重なると共に涙腺は凝り固まっていたようだ。その涙腺が彼の言葉によって今久しぶりにほころび、私の瞳から液体がぼろぼろとこぼれている。
 私の凝り固まった涙腺をゆるませる言葉を発した人物は、こんなもの見たことありませんと言いたげな表情をしている。それもそうだ。私は目の前の人物、竜持くんとその彼の兄弟とは彼らが生まれた頃から付き合いがあった。だがしかし私の記憶が正しい限り、彼らが涙を流している自分を目の当たりにしたことはないはずだ。
 近所のよしみということで、彼ら兄弟の面倒を見ることは度々あった。その際に気づけば知らない地にたどり着き、途方に暮れたこともある。成長し、悪魔と称されるまでになった三つ子たちに恨みを持つ人に絡まれたこともある。思い返すとなかなか苦労を味わうはめになったのではないか。そんなときも今よりも遥かに幼い自分は困りはしたし、痛い目にもあった。でも自分はだらしなく笑っていた記憶がある。その際いつも竜持くんはしまりのない顔だと呆れていた。多分、他の二人も似たようなことを思っていたんだろうな。今さらながら自分はかなりの楽天家だったことに気付かされた。
 涙腺がほころび、沢山の涙を流しているにも関わらずなかなかに冷静に思考回路が働いているなと思う。そんな私に対して目の前の竜持くんはいつもと異なり落ち着きがない。一重の目があちこちへと泳いでいる。
 私はつい先程竜持くんに好きですと告げられた。その意味がライクなのかラブなのか、その答えは現在においてそこまで重要ではない。竜持くんから、紡がれた言葉がそれだということが最重要事項なのだ。万が一、億が一虎太くんや凰壮くんに同じことを言われたとしてもおそらく私の涙腺は決壊することはなかっただろう。計算高くて、理論的で、実は一番感情の表現のバリエーションが豊富で一番生意気な竜持くんが、大好きな竜持くんが述べたからこそ私の涙腺がここまでぼろぼろにほころぶことになってしまったのだ。
 人が、人前で泣くのは感情を共有したいからだと幼い頃に誰かから聞いたことがある。今の私の感情はもう言うまでもないだろう。
 ふと頬を掠めた柔らかな感触が、先程まで二択だった選択肢を一つにした。これ以上は私の思考回路が冷静を保つことが不可能になりそうだ。もう全部、彼に託してもいいよね。そのあと、彼得意の嫌味を存分に聞くことにしよう。

20130302