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 テレビの向こうで新年あけましておめでとうございますという台詞が飛び交う。チャンネルを変えてもどの番組も大体そんな感じだ。士郎くんに明けたね!と言ったら見ればわかるからと冷たく切り返された。いつだってこんな感じなのだけど。
 士郎くんと年を越すのはもうこれで何回目だろうか。二人で入っているこたつにも大分年季が入ってきた。去年は例外でお互い違う人と過ごしていたけど物心ついたときには大晦日の日が沈んだ頃には我が家に士郎くんが来たり、私が士郎くんのお家に行ったりで、揃ってテレビをだらだらと見ながら年を越すようになっていた。どちらの家で年を越すにせよお菓子をたくさん抱えている私。それにだから太るんだよと痛い言葉をぶつけながら私のお菓子をつまむ士郎くん。それらが全部当たり前になっていたのだ。
「あ、初詣行かなきゃ」
 私の言葉に士郎くんはあからさまにいやそうな顔をした。いつもそうだ。寒いのに神社に着いた途端人がぎゅうぎゅう詰めになってそこだけ暑くなって気持ち悪いと文句を言う。でも私の誘いを断ったことがない士郎くんはなんだかんだで優しいと思う。私がコートに手をかけると、士郎くんは諦めたようにのそのそとこたつから出てきた。甘酒はなまえのおごりだからね、とのことだがその甘酒をきもちわるくなったと言い出して半分分けてくれることを私は知っている。
 防寒対策を施し、家から出る。歩いていると、私たちと同じように初詣に行こうとしている人がちらほら見受けられる。鳥居をくぐったころには人がいっぱいになっていた。士郎くんの顔を見ると、いつも以上に仏頂面になっていた。
「……うるさい」
 溜息をついた士郎くんに何故去年私が彼と年を越さなかったのかを思い出した。士郎くんは三門市を守るボーダーに所属しているのだが、そこに入る際の検査で人よりも耳がいいということが判明したのだ。それが大体二年前。去年は今まで知らずに人の多くてうるさい場所に連れ回していた申し訳なさから別の子と年越しをして、初詣に行くことにしたのであった。でも今年こうしてまた士郎くんと初詣に来てしまっている。何度も士郎くんに言われたことがあったが本当に私は馬鹿なようだ。今年最初のお願いより、士郎くんの体調の方がずっと大事だ。
「ごめんね、こんなところ連れて来ちゃって」
 今度友達と行くから大丈夫だよ、そう言って戻ろうとしたら手を掴まれ制止されてしまった。ぎゅう、と手を握られてお互い手袋をしているのに士郎くんの体温が伝わってくる気がした。
「耳、塞ぐから平気。そのかわり、なまえが誘導して」
 士郎くんは左手で私の右手を握り、もう一方の腕で片耳を塞ぎ居心地が悪そうにうつむく。正直士郎くんの耳がどれくらいよくて、片手で塞いだぐらいでどれほどの効果があるのかわからないが彼の言葉には逆らうことができなかった。誘導してと頼まれたのに全然人の波をかいくぐることができず、何度もぶつかってしまう。その度に士郎くんに手を強く握られて、どきどきした。手なんて小さな頃から何度だって繋いだのに。なんだか私、変だ。
 人の波から解放されて、賽銭箱の前に立つ。やっと神様にお願いできるのに、さっきから士郎くんのことしか考えられなくなっていた。私がお願いするからと離された手が何だかさみしくて仕方がなかった。お賽銭を入れて、鈴を鳴らしたところでやっぱりだめで、今年の願い事は「士郎くんとまた手が繋ぎたい」という、例年からでは考えられないようなものになってしまった。
 私の願いはすぐに叶った。甘酒を買うまでの道のりでも私は士郎くんの手を引くことになったのだ。列がはけ、順番が来て士郎くんは「甘酒一つ」と告げる。ちょっと待って、これはいつもみたいに半分こする奴で、半分こということは。まだ甘酒を口にしていないのに顔が熱くなるような気がした。私は一つ飲みたいと抵抗してみたのだが、ぼくは半分しかいらないと結局士郎くんが頼んだ通りの数で甘酒は私たちの目の前に現れた。この飲み物が私の心の平穏を脅かすなんて思ってなかった。士郎くんはいつものようになんてことなさそうに甘酒に口付ける。ずるい、ずるいよ士郎くん。まだ湯気が立っているそれを手渡されても私はいつまで経っても飲める気がしない。どうしよう、と頭をぐるぐるさせているとやっぱり返してと言われた。士郎くんのわがままにこれほど助かった日はない。なんだ、士郎くん全部飲めるんじゃないか。ほっとしていると、びゅうと冷たい風が吹いた。めちゃくちゃ寒い……やっぱり飲んでおけばよかったかもしれない。
「他の奴と行くなんてむかつくこといった罰だよ。ざまあみろ」
 士郎くんのほっぺの赤みがいつもより増している。さっき一気に飲んだ甘酒のせいか、それとも。何にせよ、私は今彼以上に顔が真っ赤になっているだろう。どうやら変わったのは年だけではないようだ。