text log | ナノ
 吐く息が白いのが当たり前になった時期。これから帰る私はマフラーをぐるぐる巻きにして、両手には手袋をはめて完全防備をしている。クラスメートには未だにハイソックスの子もいるが私は素肌も見えない厚めのタイツをはいている。これが女子力の差だろうか。い、いや女の子は身体冷やしたらだめっておばあちゃんが言っていたからちゃんと防寒している私の方が女の子だ、多分。
「なに百面相してんの、きもちわる」
 声を掛けてきた菊地原くんは訝しげに私を見る。彼氏だからって私を見る目つきが特別優しくなるというわけでもない。菊地原くんもマフラーをぐるぐる巻きにしている。そのマフラーは他の人には気づかれてないけど私と同じデザインで色違いの物なのだ。お揃いの何かがしたい一心で菊地原くんにこのマフラーはとっても暖かいからと言って押しつけたら渋々受け取ってくれた。マフラーを使わなくてもいい時期じゃなくなったら揃いの物がなくなってしまうからそれまでにお揃いのものを見繕いたいところだ。
「……そんなにもこもこさせといて帰らないわけ?ぼく早く帰りたいんだけど」
「ご、ごめん」
 踵を返した菊地原くんに慌てて鞄を抱える。私が追いつくまで菊地原くんの歩く速度がほんの少しだけ遅かったって自惚れてもいいかな。

「なまえって何でうちの高校に入れたの」
「か、返す言葉もございません……」
「しくじるのは顔だけにしてよ」
「うっ」
 顔がしくじってるってどういうことだ。結構ひどいことを言われた気がする。気がするじゃない、言われた。いつもなら歌川くんが優しい言葉を掛けてくれるのだが今日に限っていない。いや、歌川くんでも授業でわからなかったことを羅列しまくれば言葉に詰まってしまうかもしれない。もうすぐテストだというのにどうすればいいのだろうか。今日は非番だったらしいけどいつもはボーダーで忙しい彼に頼りっぱなしになるわけにも行かないし。いや、そもそも菊地原くん頼らせてくれるのか。突きつけられるであろう現実から逃避すべく視線をそらすとあるものが目に入る。
「あ」
「なに、間抜けな声出して」
 私が指をさした先には気になっていたカフェがあった。気になっていたものの私のように放課後に来る高校生が多いためかいつも混んでいるので今まで入れずにいたのだ。そこがどういうわけか空いている。外で待っている人もいなくて店の中もそこまで人がいない。これはチャンスじゃないか。……でも私は菊地原くんにだいぶ手遅れかもしれないが呆れられないためにも勉強するべきだよなあ。菊地原くんとお店を交互に見ていると彼はお店の方へと歩いていく。置いて行かれないように私も後ろにくっつく。彼の意志がいまひとつ読みとれない。
「寒いから何か飲みたいってだけ」
「え、あ、ありがと……?」
「礼言うぐらいならなまえの奢りね。ぼく一番高いの頼むから」
「えええ………」

 お店に入って席に着き注文をする。私はロイヤルミルクティーを、菊地原くんはジンジャーティーを頼んだ。しょうがあたたまるもんね。私もあとで一口もらおう。
 注文が終わった途端菊地原くんに教科書を開いてといわれて突如勉強会が始まった。一杯飲んだだけで帰るかと思っていたからびっくりした。教科書ちゃんと持って帰ってきて良かった。菊地原くんの言葉はちくちくするけど教えるのがとっても上手だ。ボーダーの子にも勉強を教えたりすることもあるらしい。ボーダーにもそういう子いるんだなあ。いわゆる進学校と呼ばれているところでこんなことになっている私が言うのもどうかと思うが。
 結局そこではケーキまで食べてしまった。結構長居をしてしまったが店員さんに全然いやな顔をされなかった。いつも入れない理由がなんとなくわかった。今日、菊地原くんと来ることができてよかった。菊地原くんが本当に一番高いのを頼んだのかはわからない。というか、結局菊地原くんがお会計を済ませてしまったのだ。お金を渡そうとしたらもう財布しまったから今度にしてと言われた。これ、結局後も受け取ってくれない奴だろうなあ。大したお礼にはならないけどお弁当作ってくるからリクエストをと聞いてみたらトマトとピーマンと牡蠣と煮魚が入っていない奴と返された。す、好きなのを教えてほしいんだが。努力はするけど。
また一緒にいきたいな、私がこぼした言葉に菊地原くんは何も答えなかった。ただマフラーから少しだけはみ出ている彼の頬がいつもより少しだけ赤いような気がして、それだけで私は満足だった。