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 エプロン姿の綾辻さんを見ることができた。それだけで選択授業を家庭科にして正解だったと思う。綾辻さんが結婚したらこの可愛いエプロン姿は他の誰かの物になってしまうのかと思うと私の頭の中が今鍋に入っている具材よりもぐらぐらに煮えたぎってしまいそうだ。怒り諸々で。今はそんなもしもの話でイライラしている場合ではない。せっかく同じ班を組むことができた綾辻さんの料理の様子を少しでも目に焼き付けておくべきなのだ。
 彼女が火の加減を見ている料理を私が食べることができる。なんてすばらしいことなのだろうか。それだけで鍋すらも食べられそうだ。他の連中は霞でも食べていればいいと思う。そんなことを考えているのがばれないように私は黙々とお皿を洗う。その間視線が何度も綾辻さんの元へ行ってしまうのは許してもらいたい。彼女がいつだって美しいからいけないのだ。逆に綾辻さんがそうではないのを見てみたい。彼女を脳内でどうこうしても相変わらず綺麗なままで、汚れるのは私の思考回路だけだった。私は頭の中をピンクにさせつつ、食器の汚れを落とした。
 大分時間が経っていたようだ。もう既に鍋の火は弱められている。綾辻さんが鍋の蓋を開け、お玉でぐるぐるとかき回したかと思えば小皿にほんの少しだけその中身を掬った。綾辻さんはそれに口づける。ただの味見だと頭のどこかではわかっているはずなのに、綾辻さんがそれを行うともっと神聖な行為に見える気がした。むしろそう見えない奴の目がおかしいからそういう輩の目は積極的に潰していきたい。綾辻さんを変な風に見た奴への罰だと言えば神様も納得すると思う。
 頷いたかと思えば綾辻さんは私の方に先程口をつけた小皿をこちらへと差し出した。首を傾げるとみょうじさんも味見して、とのことだ。ちょっと待って、これはどういうことだ。綾辻さんが口づけたそれに私のそれを重ねる。下手をしたら私は子を身に宿してしまうのではないか。他の人だったらそんな馬鹿なで済むが綾辻さんのだからもしかしたらとか考えてしまう。でも私、綾辻さんとの子だったら彼女と一緒になることができなくても大切にするわ……!
 そう決心をして、小皿に口を付ける。今のところ腹部に違和感はない。正直味はわからなかった。他の班員が私たちも味見をしたいと言い出す。私と綾辻さんの愛の結晶に手を出そうとするなんて、気持ちが悪い。地面に啜らせた方がよっぽどいい。私が故意に手を離した小皿は床に落ちて、ばらばらになった。破片を拾っていたら綾辻さんに大丈夫かと問われた。ええ、今貴方にそう言ってもらえてあの子も救われたわ。破片を拾った際、一緒に拾ってくれた綾辻さんの指がほんの一瞬だけではあるが触れた。先程割れた小皿のことなんてどうでもよくなるほどに舞い上がった。でも、私は浮かれている場合ではないのだ。
 この後、綾辻さんはもちろんお皿を使って食事をするだろう。そのお皿を自分の物にしようなんてそこまで出過ぎた考えはしない。でもせめて、他の奴らに使われないように処分しなければ。私はこの時間であと何枚お皿を割ればいいのだろうか。