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 秀次くんは月に数回我が家にやってきて(連れてきてとも言う)晩ご飯を食べる。お姉さんが亡くなる前からの習慣だ。今も昔ほどの頻度ではないが細々と続いている。今日はその数回のうちの一日だった。しかしいざ秀次くんと二人で帰ってきても家には誰もいなくて食卓にはラップを掛けられた私たちの分の夕食が置かれていた。携帯端末を覗いてみると案の定母から今夜は不在というメッセージが届いていた。空気を読んだのか、偶然かは知らないが用事ができたとのことだ。いつもだったら食卓を囲んだ際母がチャンネル権を奪ってしまうのだが、今日なら私の見たい物が見られそうだ。
「秀次くん、今日はこれ見たいんだけどいいかな」
 彼に見せたのは洋画のブルーレイだ。特に好きな監督とか、作品という訳ではないのだがみんな見たと言って盛り上がっているから一応抑えておきたいと思ったのだ。ブルーレイのケースを一瞥した秀次くんは「好きにしろ」と答えた。
 秀次くんはテレビを見ても無反応だ。バラエティで笑う私の横でもくもくとご飯を食べ続ける。ドラマを見て泣いてしまったときは机に置かれていたティッシュをさりげなく私の取りやすい手元へと寄せてくれたこともあったが秀次くんの表情はまるで変わらなかった。いつも私らが見ているのが国内の物だから興味がないのだろうか。それだったら、とも思いきって今回この洋画を準備してみたのだが相変わらず秀次くんの反応は薄い。どうやら望みも薄そうだ。秀次くんがご飯を温め直してくれている間に見る準備を整える。私だけでもこの映画を楽しめればレンタル代も浮かばれるのだが。

 映画が始まって数十分、秀次くんはとっくにご飯を食べ終え食器まで下げていた。一方私はまだ三分の一ほど残っている。それでも映画と食事どちらが先に終わるかと問われたら後者と言わざるを得ないペースだ。それは困る、ご飯を食べ終えてしまったら映画と向かい合わなくてはいけなくなる。困るって言ってもこれは私の蒔いた種なのだが。私が秀次くんに見たいっていったものだし。秀次くんは繰り広げられるには無反応ではあるが話をふれば答えてくれる。ちゃんと見ているのだ。それがわかっているから私は今苦しめられているのだが。
 この映画、めちゃくちゃ濃いラブシーンが多い。まああっちはスキンシップが激しいから。最初のうちは、もし秀次くんがあちらの文化の人だったらどうなってたんだろうとご飯を頬張りながら考える余裕もあった。でもどんどん話が進むにつれて登場人物らの肌色は多くなるし何かもう唇?むしろ舌ってこんな音まで出せるのかってぐらいちゅっちゅしているし、もうお手上げだ。普段見ているドラマなんて可愛い物だった。みんなが盛り上がってたのがああこういうことだったのかって納得もできた。秀次くんの方を見てみたが、視線はちゃんとテレビへと注がれていた。これで居心地悪そうにしてたら冗談の一つや二つでも言ってこの場の雰囲気を何とかできたかもしれないのに。逆にそんな私をからかうなんてことを秀次くんがするわけがない。だからこの後もただ私が一方的につらい時間が続くというわけだ。私はできるだけゆっくりご飯を咀嚼することしかできなかった。秀次くんが来るだけあって夕飯に気合いが入ってる。私はひたすらお母さんのご飯に感謝しながら映画を見た。

 テレビを見ててここまで疲れた日はなかった。何かもうクライマックスとか全然誰がどうなったか今一つつかめてない。今あらすじを説明しろと言われても苦笑いを浮かべることしかできないぐらいには集中できなかった。エンドロールが流れ出してちょっとしたところでもう停止ボタンを押す。そうしたらもういいのかと尋ねられた。英語だからよくわかんないしいいのと我ながら下手くそな言い訳しかできなかった。それに対して秀次くんはそうか、と言うだけだ。
 秀次くんって男の子のはずなのに、さっきのようなものを見ても何とも思わないのだろうか。もしかしてこれから私たちもと頭をぐるぐるさせてしまった私ははしたないのだろうか。仮にも恋人で、いつも見ているから私が動揺しているなんてわかっているはずなのに彼は何も言ってこない。彼の必要以上に聞いてこない性格はありがたいはずなのに、なぜだか寂しくなってしまった。
 結局映画を見た後もいつものように課題を見てもらって、秀次くんは何てことなさそうに帰った。私は理不尽だと、自分の方がそれに当てはまっているとわかっているのに、彼のことを心の中でばかと罵った。そうすることでしか気を紛らわせることができないから。